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I fall in love:正直な気持ち

「ふあぁ……ねみぃ」  昨夜は、なかなか寝付くことが出来なかった。目を瞑ると水野の顔が浮かんできて、胸がズキズキしたのだ。  告白を断った罪悪感なんだろうか? 何か、後味がすげぇ悪い……ちくしょう。ただでさえ勉強に集中しなきゃいけない、大事なときだっていうのに。  肩にかけている鞄をかけ直して、髪を掻き上げた刹那、 「おはよう、ツン!」  校門の前で待ち伏せしていた水野が、元気良く挨拶をしてくる。  超ローテンションなところに、どうして登場するかな。まるでストーカーだろ…… 「相変わらず、ご機嫌麗しくないみたいだね。朝は低血圧なのかい?」  朗らかにニコニコ笑いかけながら隣に並び、一緒に並んで校門をくぐった。 (水野どうして、いつも通りでいられるんだ。あんな酷い言葉で、はっきりと断ったというのに)  俺は質問を無視して歩き、生徒玄関に向かうしか出来ないでいた。何を話していいのか分からず、口が開けないからだ。  生徒玄関の扉に手をかけた途端、俺の背後に立ち止まった水野が、大きな声をかけてくる。 「ツン、昨日はごめん。君の気持ちが分かっていながら、自分の気持ちを押しつけるみたいな形になってしまって。迷惑、極まりないよな……」  その言葉に思わず後ろを振り返ると、肩を落としてしょんぼりしている、水野の姿があった。  さっきまでの明るい雰囲気とは一転、どよーんとした空気を放っている。  皆が通る玄関前で痴話喧嘩するワケにもいかないので、水野の腕を強引に引っ張り、校舎裏に向かった。 「俺も昨日は悪かったよ。断るにしたって、あの言い方は最悪だと思う」 「ツン……」 「だけどあれだ。恋愛関係みたいな付き合いは無理だけど、友達っちゅ~か、人生の先輩になってくれるなら、付き合うことが出来る。と思う」  俺は一生懸命、水野が傷つかないよう、細心の注意を払いながら言葉を選んだ。 「昨日ツンが女の子と楽しそうに喋ってるのを見て、すっごく妬けたんだ。俺だってそういう風に話したいって……結果告って玉砕。当たり前、だよな」 「水野……」 「ツンが山上先輩に似てるから、好きになったんじゃない。刃物を持った強盗に怯まず、潔く倒したところや今の……俺の気持ちを考えて折衷案出してくれた、優しいところが好きなんだ。だから俺は……友達として、付き合うことは無理だと思う。きっと」  何かを耐えるように両手に拳を作り、切ない目をして俺を見つめる。その視線が余りにも痛々しくて、思わず顔を背けてしまった。  水野に想われるほど、俺は出来た人間じゃない。年下だし頼りないし、いい加減だし優しくなんかないんだ。ただ水野を、傷つけたくないだけで――  チラッと水野を見ると、その様子が捨てられた子犬みたいに頼りなくて……思わず、 「俺も昨日――」  そう口を開いた瞬間、チャイムが鳴った。はっとして、お互いの顔を見やる。 「やべっ、遅刻する!」 「ごめん、俺が引き留めたから。遅刻になったら、俺のせいにしろよ。昨日の事情聴取とか、何とか言って」  同時に、二人で校舎に向かうべくダッシュした。 「そんな無理矢理な理由なら、喜んで遅刻してやる。水野にこれ以上、借りは作りたくないからな~」  昨日も助けてもらったんだからって、笑いながら言うと、水野は破願して首を横に振り、強引に右腕を掴んで猛ダッシュしてくれる。 「ツン、遅いっ!」  足の遅い俺を何とか引っ張って、吸い込まれるように校舎に入った。  水野の足の速さに驚きつつ、息を切らしながら一応礼を言って下駄箱を開けたら、中から二つ折りのカードが、音もなく足元に落ちてくる。 「待って! イヤな予感がする」  水野は拾い上げようとした俺の手を制し、ポケットから白い手袋と、ジッパーの付いた透明の袋を取り出した。手袋を付けてからカードを拾い、中身を読みあげる。 「『話したい事があるので放課後、体育館倉庫に来て下さい。木下 春菜』木下 春菜って誰?」  怪訝そうな顔をし、カードを透明の袋に入れながら訊ねてきたが、正直言いにくい。昨日の今日だから……しかもさっきその件で、話合ったばかりだったし。 「……昨日廊下で喋った女子。特に仲が良いってワケではないんだけど」 「体育館倉庫って、体育館の横にあった物置?」 「ああ。古くなったけど、まだ使えそうな用具や学祭で使う物なんかを、保管してるトコ。滅多に人は、出入りしない場所だな」  確かに二人きりになり話をするには、邪魔は入らないだろう。でもあそこは薄暗く、女子一人で待つには、無理があるような気がした。 「放課後までまだ時間あるから、ちょっと行って調べてくる」  カードを胸ポケットに入れ、歩き出す水野の背広を迷うことなく、むんずと掴んだ。だって水野だから―― 「待てよ、俺も行く。水野一人じゃ、現地に辿り着けないだろう?」 「大丈夫だって。校内地図、頭に叩き込んでるから。ツンはちゃんと授業に出なきゃ、受験生なんだし」 「言ってるそばから、逆方向だっちゅ~の。こっちだから」  俺はクスクス笑いながら、行き先を指を差す。水野のしまったという顔が、とても可笑しい。 「何もないトコで、三回もコケれる男の、補助についててやらないとなぁ」  昨日校内を案内したときに何もない場所で、水野は器用に何度もコケていたのである。鈍くさいにもほどがある刑事だと、内心呆れ果てていた。 「あれは借りたスリッパが、引っかかってだな。今日はしっかり、上履きを持参してるから大丈夫だって」 「ちまちま言い訳するなよな。近道こっちだから、黙ってついて来い」  俺は肩を竦めながら、水野の前を歩く。後方を歩く水野が、どんな顔してるか分からないが、大人しく後ろをついて来た。  ショートカットしたので、ものの1分で到着。ガチャリと扉を開ける。 (……あれ、いつもは鍵がかかってなかったか? 思い出せないな――)  不審に思いながら中に入ると、空気が澱んでいる上に、えらく埃っぽい。 「えっと電気のスイッチ……どこだっけ?」  手を伸ばして、左側の壁を触って探す。水野も中に入り、反対側の壁を探しているときだった。  音もなく扉が閉まり、ガチャガチャッと鍵を掛ける音が聞こえたと思ったら、ビュンと何か細い物が飛ぶような音の後に、規則正しい電子音が倉庫の中に響く。  俺は慌ててドアノブに飛びつき、左右に回してみるが、外からしっかり鍵が施錠され、虚しくカチャカチャと、空音が鳴るだけだった。  一方水野は電気のスイッチを探り当て、音の鳴る方へ近づく。目線の先に、跳び箱があった。慎重に上の段を取り外して、恐るおそる中を覗く。 「あるのか?……爆弾」 「うん、チープな感じの作りしてる。扉が閉まると、起爆スイッチが入る仕組みになっていたから、安易に触れないな。5分タイマ―みたいだ。残り4分12秒」  俺は気合いを入れ、扉に体当たりを始めた。いてもたっても、いられなかったから。 「ツン!?」 「他に何か、手は、ないのかよっ? くそっ、古いくせに、頑丈な作り……しやがってっ!」  腹いせに蹴り上げてみるが、びくともしない。 「とりあえず、周りにある物を壁際まで移動して、飛散するのを防ぐ。それが終わったら、ツンはあのロッカーに入って、身を潜めててくれ」  てきぱきと指示しながら、物の移動を始めつつ、スマホを首で固定し仲間に連絡する水野。それに倣い俺も、近場にある物からどんどん移動させた。 「俺をあのロッカーに入れさせて、お前はどうするんだよ?」  電話が終わるのを見計らって、思ったことを口にした。途端に、神妙な表情を浮かべる。 「爆発しないよう、解体してみる」 「解体……やったことあんのか?」  水野のドジっぷりを垣間見てるだけに、激しく不安が胸を過った。どう考えても無理だ、解体と同時に爆死するぞ。  顔を引きつらせてる俺を見て、何故か微笑する。 「大丈夫さ、研修だってしっかり受けてるし。こう見えて回路読むの、すっごく得意なんだよ」 「し、失敗したらどうするんだ? 死ぬかもしれないんだぜ?」  俺は足元にあった平均台を壁際に向かって蹴飛ばし、水野の肩をむんずと掴んだ。 「失敗しないよう、慎重に解体するから。大丈夫大丈夫……」  激昂する俺を宥めるように、あくまで冷静沈着でいる水野。その態度が進んで、自分の生命を擲つように見えて、尚更堪らなくなる。

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