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I fall in love:正直な気持ち②
――分かってねぇよ、コイツ。
俺は歯を食いしばり、肩に置いてる右手で水野の襟首を手荒に掴み、反対の手でスーツの袖を大きく引き下げる。
簡単に重心を崩された体を見極め、右足を水野の左足ふくらはぎにガツンと当て、大きく刈り上げてやった。
俺の得意技、大外刈は鮮やかに決まり、マットの上に唖然とした水野が横たわる。
迷うことなくその上に跨がり、両手で襟元を掴んで、ゆさゆさと激しく揺さぶってやった。
「何で……自分の生命、大事にしないんだよっ! 山上に助けられた生命だろ。どうして」
「翼を確実に助けたいから。もう好きな人を失いたくないんだ! 俺……」
悲鳴のように叫びながら、目に涙を浮かべた水野。その言葉に、自然と胸が締めつけられる。
規則的に響く電子音と反比例して、俺の鼓動はどんどん早くなっていった。
「好きな人を失いたくないだって? 笑わせんじゃねぇよ。残された人間の気持ちが、どんなものか……水野が一番、分かってるだろうがっ!」
倉庫に響き渡った俺の激昂する声に、水野は目を大きく見開いた。その瞬間、
涙が頬を伝っていく。
「どうして山上が、お前を助けたと思う? こんな風に、俺を助けるためじゃねぇよ。お前に……幸せになって欲しいから……そうに決まってる」
お前には明るく笑って、周りの人々を癒して。そして俺の心も癒して――
「でも、俺は翼にた」
「ごちゃごちゃ……うるさいんだよっ!」
俺は思わず水野の唇に、自分の唇を重ねてしまった。その柔らかさに驚いて一瞬離したが、意を決してもう一度、唇を合わせる。
水野が知りたくて堪らなくなり、唇を割って舌を潜り込ませ、しっかり絡めとる。
「んっ、ふ……」
角度を変えて責める俺に、水野が両手で体にしがみ付いた。深く深く絡め、上顎をゆっくりと舌で撫でてから、そっと唇を離すと、潤んだ目で俺を見る水野と目が合う。
その甘い雰囲気に戸惑い、しがみ付かれている両手を、ババッと勢いよく払ってしまった。
「いっ、生きてりゃこういうことだって、いつでも出来るんだ。だから生きろっ!」
「翼……」
「あのロッカーを裏向きに変えて、入口を壁際に寄せたら何とか二人、入れるだろ。ほら、行くぞ」
必死こいて照れを隠すべく、まくし立てる様に言って、横たわっている水野に、手を差し出した。
「分かった、残りあと1分18秒。二人でロッカーの向きを変えよう」
横目で時間を確認してから、俺の手をしっかりと握りしめ、立ち上がった水野。さっきよりも、頼もしい感じがした。
二人でよいしょと力を合わせて向きを変え、ロッカーの扉を開けて、水野を押し込めようと、腕を引っ張った。
そんな俺の手をやんわり外し、笑いながら首を横に振る。
「ツンが中に入ってて。俺が外から守るから」
そう言って水野は強引に、俺の体をロッカーに押し込んだ。
俺だけ入るなんて、勿論反対だ――
「そんなの、イヤに決まってんだろ。少しでもいいから、中に入れって。ほらっ!」
言いながら水野の上半身に腕を回し、無理矢理中に引き込む。何かの罰ゲームよろしく、全く身動きの取れない、すし詰め状態。
引き込んだ水野の体温が、えらく心地よくて、ドキドキしていた。
「あのさツン、こんなときに何だけど……こんなときだからこそ、聞きたいのかもしれない」
耳元で囁かれる、震えるような水野の声。
「……何だよ?」
ドキドキを悟られないよう、ぶっきらぼうに答える。
「さっき校舎裏で、話が途切れちゃったよね。チャイムのせいで……あれは、何を言おうとしたんだい?」
何で覚えてんだよ、余計なことを。変なトコに細かいんだな。
俺が返答に困り黙っていると、同じように困った様子の水野が、話を続けた。
「もしかしたら、これが最期になるかもしれないだろ? 教えてよ、翼の台詞……気になって、死んでも死にきれない」
「気にすんな。つぅか、勝手に死ぬな。バカ」
「最期くらい、優しくして欲しいよ……」
涙声で告げる水野に、俺は簡単に折れてしまった。最期くらい……か。
「ったく、しつけぇな。分かったよ」
ホントは言いたくない、俺の本心。こんなときじゃない限り、言えないだろうな。
「俺も昨日、からだよね?」
まったく、どんだけ記憶力がいいんだコイツ――
睨みながら水野に告げる、ハズカシイ俺の心の内。
「お……俺も昨日妬いたんだよ。お前が女子に妬いた、みたく……」
電子音が響く中、苛立ちながら言った。あとどれくらい、時間があるだろうか?
「誰に?」
その返答に、ガックリと激しくうな垂れた。時間がないっていうのに……コイツは、何て鈍いんだ。
「あ~もう、山上だよ山上っ! どうして分かんないかな。そういうトコが、俺をイライラさせんだよ。理解しろって!」
俺が苛立ちながら言うと、小首を傾げて、ワケ分かんない感をアピール。
「どうして、山上先輩に嫉妬するのさ? そっちの方が分からないよ。俺は、ツンが好きって言ってるのに」
あ~、もう。どうしてコイツって、超鈍いんだよ。人の機微に敏くないと刑事の仕事って、出来ないものなんじゃないのか!?
「俺が山上の名前出したときに、水野の手の温度が上がったんだ。死んじまった人間がまだ好きだから、上がったんだと思って……それで……」
胸が締め付けられるようにズキズキして苦しくて、どうしていいか分からなかったんだ。
俯く俺を、そっと抱き締める水野。
「有り難う翼、分かったから」
「遅っせぇよ、まったく」
「だって、翼……分かりにくいんだもん。しょうがないじゃないか」
「うるせぇな。そういうトコが嫌いだ」
「困ったね、それは」
「チッ、大人ぶりやがって。ドジっ子のくせに」
「はいはい」
「……だけど水野の一生懸命なところは、嫌いじゃないぜ……」
「翼、俺は君が好きだよ。絶対に君を守るから」
「なら俺は、水野の心を守ってやるよ。もう傷つかないように……」
俺も水野の体に腕を回し、左肩に額を乗せた。
そしてふと思いついた提案、無駄に喜ぶだろうな。
「もし……二人して生き残れたら、さっきのキス、してやってもいいぜ?」
「本当に!?」
「ただし。二人とも無傷が、条件だからな?」
ククッと笑いながら言うと、水野は深いため息をついた。
「はぁ、どうしてこんな意地悪ばかり言う男に、惚れちゃったんだろ。しかも未成年だし、リスク高いよなぁ」
「俺は水野なんか、好きじゃないし……好きなんて、一言も言ってないから」
そう言いながらも、水野の体温が居心地良くて、ぎゅっと抱きしめていた。
「最期くらい、好きって言ってよ。翼……」
ねだるように言って、俺の頬に優しくキスをする。
残された時間、あと何秒だろうか? やっぱ今、言うべき――?
「す、好きかも、しんない……」
いろんなドキドキが、激しく入り交じる中で、必死に想いを告げた。恥ずかし過ぎて、水野の顔がまともに見れず、目を瞑ったままに。
「翼……」
互いの唇が、触れ合いそうになった瞬間、何故か『イッツ ア スモールワールド』が、軽やかなメロディとして、倉庫内を流れたのである。
驚いた俺は水野の顔をまじまじ見つめると、バツの悪そうな顔して、「後者だったか」と呟いたのだった。
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