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I fall in love:運命的な出逢い⑤
***
あちこち豪勢に、お金が使われてるなぁという感じの校長室。座り慣れない高級感漂う椅子に、お尻がモゾモゾしてしまい、どうにも落ち着かない。
落ち着かない理由は、他にもあるんだけど――
「これが、送られてきた脅迫状です」
白い手袋をいそいそつけて、中身をしっかり拝見する。――どれどれ?
「一文字ずつ丁寧に、定規で書いてあるんですね。下手なはみ出しもしていないし、これを書いた犯人は、かなり神経質な人かもしれません」
ありきたりな回答だったのだろう、校長が苦笑いをした。こんなの、素人でも分かることか。
「とりあえず指紋照合や投函先から、住所の割り出しなんかやりますので」
刑事らしいことを口にしながら、ポケットから取り出した透明の袋に、素早く手紙をしまった。
そのとき校長室をノックする音が聞こえ、躰を強張らせてしまう。一気に心拍数が上昇してしまうくらいの衝撃に、内心あたふたするしかなくて。
「ああ、ちょうどいいタイミングで、彼が来てくれたみたいです」
校長が立ち上がり、ドアを開けに行った。俺は瞬時に髪の毛の乱れを直すべく、手櫛でパパッと鋤きまくる。寝癖があったら、格好悪いもんね。
「失礼します……」
艶のあるバリトンボイスが耳に聞こえた瞬間、さっきよりもバクバクと心拍数が上昇。無駄に、手汗をかいてしまっている状態に、苦笑いするしかない。
「矢野君、今回はお手柄だったね! さあ、座りたまえ」
校長が手招きして誘導する先に、俺の姿があるのを黙視してから、あからさまに顔を引きつらせた。
(ありゃりゃ、嫌われてんなぁ)
仕方なさそうに校長の隣に腰かける、ツンを見つめた。事件のあった夜に見たときよりも、どことなく幼さが残るイケメンのツン。
あと数年したら、ぐっと男らしさに磨きがかかって、今よりも格好良くなるんだろうな……ってまた俺ってば、仕事中に関係ないことばかり考えちゃって。とにかく恋心は、横に置いておかなければ。
――しっかりと刑事モード、刑事モード!
「まぁ、そんなに硬くならないでいいよ。今日は、感謝状の受け渡しの打ち合わせだけだからさ」
「はぁ、そうですか……」
素っ気なく返事をしたツン。イヤイヤな雰囲気を醸し出している。うわぁ……俺と話をしたくないってか!?
「今日も相変わらず、ツンツンしているんだね。ご機嫌、麗しくないのかな?」
面倒くさそうに俺を見るツンの態度に気を利かせて、俺の自己紹介をしてくれる校長。
やれやれ、いらない気を遣わせてしまった。
校長の紹介の後、とりあえずニコニコしながら話しかけてみる。
「ついさっき、銀行強盗があってね。そっちに人手が流れちゃって、面識ある俺が代理で、こちらに来たってワケ。俺はまた会えて、光栄なんだけど」
そう、俺は君に会いたかったんだよ。すごく――
「特殊捜査って仕事、忙しくないんですね。わざわざお越しいただいて、申し訳ないです」
その口調は、申し訳ない感じがまったくなかった。もうツンってば、どこまでも冷たいんだから。
「いやいや、ちょうど仕事があって来たのもあるんだ。その件に関してさっきまで、校長先生とお話していたんだよ」
あくまで冷静に対処して、変なところを見せないぞ。刑事モード全開!
「ツンには後日、校長室に来てもらって、三課のお偉いさんと校長先生の三人で、感謝状贈呈と記念撮影行います。署内から広報係が来ますので、ちょっと大がかりな撮影会になると思いますが、ヨロシクお願いします」
二人を見ながら、おもむろに立ち上がった。それを見て校長も立ち上がり、
「こちらこそ、当日は宜しくお願いします。あと例の件も穏便に……」
頭を下げながらお願いされたので、ビシッとしっかり承る。
「任せて下さい。とりあえず校内見て回りたいので、ツンをお借りしていいですか?」
俺の提案にツンは顔に、ゲッという表情をあからさまに滲ませる。さっきから何気に、キズつく態度をとってくれるね、君ってコは。
校長に促され、仕方なく俺を案内してくれることとなった。
「ツンは随分と、俺のことを嫌ってるみたいだね。どうしてかな?」
校長室を出て、一番聞きたかったことを質問してみる。
「気のせいじゃないんですか。はい、ここが図書室です」
思いっきり嫌ってるから、素っ気ない態度をとってるが分からないのかな。個人的にその嫌いな部分が、とても知りたいだけなのにさ。
軽くため息をついてから、誰もいない図書室へ入る。もし爆弾を仕掛けるとしたらどこにするだろうと、あちこちチェックしながら、ポツリと話しかけてみた。
「ツンは、嘘つきだね。この間といい、さっきといい大人に対して、優等生みたいな答え方をするんだから。嘘つきは、泥棒の始まりだよ」
チラッとツンを見ると俺の視線を受け流し、落ち着かない様子の両手をポケットに入れた。
「別に……俺は嘘、ついてません……」
「別にって。ほらまた、嘘をつく。そうやって視線を泳がせながら、ポケットに手を突っ込んでる姿が、嘘の証拠なの。俺を、見くびらないで欲しいなぁ。一応、現職の刑事なんだから」
苦笑いしながら言うと、ツンはどういう態度をしていいのか分からなくなったらしく、そのまま固まってしまった。
その姿が本当に愛らしく、お持ち帰りしたい感が満載である。困惑してる姿も、結構いいんだなぁ。
「ごめんごめん。困らせるつもりなかったんだ。ツンが俺の尊敬していた先輩に似てるもんだからつい、かまいたくなってしまって」
慌てて刑事モードに変換して話しかけると、俺をきつく睨むツン。
「尊敬していた先輩に似てるだけっていう理由で、こんな風に絡まれるのは、すっごい迷惑なんですけど……」
(ホント、ツンツンさせちゃう俺って天才かも!!)
ツンの態度に、苦笑いしながら話を続けた。
「まぁまぁ落ち着いて。目つきの悪いトコとか、素直じゃない所がソックリなんだよね。一緒にいるだけで、ドキドキしちゃう」
会話に色気の色の字もないけど、俺は君といるだけで、すっごくドキドキしてるんだよ。
「うわっ……何てオゾマシイことを言うかな。つぅか、この間警察に勧誘したのって優秀だからとか言ってたけど、ホントは先輩に似てるからっていうのが、理由じゃないのか?」
ツンは俺の顔を、猜疑心を含んだ眼差しで見つめてきた。
むぅ、そうきたか。とりあえずここは話を合わせて、様子を見てみるか。刑事がお仕事で使う、演技力のみせどころでもある。
「当たり! 初めてツンを見たときは、息が止まったんだよ。背丈も髪型も全然違うのに、持ってる雰囲気や目つきが、どことなくソックリでさ。思わず、勧誘せずにいられなかったのは、やっぱソコなんだろうなぁ」
そうあの夜、君を見たとき、心が持っていかれたんだ。山上先輩に似てると認識する前に、あの笑顔に一目惚れしてしまった――
「だったら四六時中、その先輩とやらにくっついて、歩いてればいいだろ?」
俺の言葉に対し、忌々しそうに冷たく言い放つツン。さてここは、演技力の見せどころだな。
両目に意識を集中させ潤ませつつ、口をへの字にして泣き真似をしてみた。
「ツンの意地悪ッ子! 尊敬していたって過去形なの、気づかなかったのか。しかもそういう、口の悪いトコまで似てるって神様、酷過ぎる……」
鼻声を装いながら言い放ち、傍にあった机に突っ伏して、しっかりシクシク決行。
――さて、ツンはどう出るかな?
「あの……悪かった。謝るからさ。その、泣くのは勘弁してくれないか?」
大人に泣かれたら、困るよね。ゴメンよ、汚い手を使って。
「じゃあ俺のこと、これから水野って呼んだら許す」
「刑事さんの方が年上だし、呼び捨てはちょっと、いただけないんじゃないかと……せめて、水野さんで手を打ってほしいと思います。はい」
ツンがおどおどしながら、渋々答えた。その様子に笑いを堪えつつ、突っ伏している机から、視線をちょっとだけ上げて見る。
やっぱイイ。その困惑してる姿、可愛いったらありゃしない! そんでもって、この顔……是非写メりたい。記念に残して、夜のオカズに――
喜びを隠しつつ、机からちょっとだけ顔を上げ、白い目でツンを眺めた。
「しょうがないなぁ。手を打ってあげるから、早速呼んでみて」
「み、水野さん、済みませんでしたっ!」
すっごく顔を苦悩させながら、ツンはしっかりと頭を下げた。態度はどうあれ、素直に謝れるコは大好きです。
「やっと呼んでくれた、嬉しいな。俺のことを気にしてるクセに、突き放すような物言いばかりするから、実は寂しかったんだよね」
この先好きだと言われなくても、名前を呼んでもらえるだけ、幸せだと思わねば……
「泣いて……ないんですか?」
俺の豹変ぶりに、目を丸くするツン。刑事の演技力、フルパワー使ったからね。騙されたでしょ?
「イヤだなぁ。男が人前で泣くなんて、みっともないことをするわけがないでしょ。さぁて次は、どの教室に行こうかな。理科室は、最後のお楽しみにとっといて――」
俺がせせら笑いしながら、スキップして図書室から出ると、顔を怒りで真っ赤にしたツンが、
「待てよ、水野っ。騙したな!」
すっごく怒りながら、俺を追いかけてくる。子供を騙すのは、大人の特権だからね。
「わ~、呼び捨てで呼ばれちゃった。嬉しいな」
わざと棒読みして嬉しさをアピールし、またまたイライラ度をアップさせる俺。甘い雰囲気の欠片もないけど、こういうやり取りも悪くはない。
「おい、こらっ。調子に乗るなよ! そこを左に曲がれって」
「は……?」
急に言われたものだから、履き慣れないスリッパが床に引っかかり、前方へ転びそうになった。
「おわっ!?」
危うく無様に転倒しかけた瞬間、後ろからしっかり抱きしめる二本の力強い腕。密着する体に、頬が急速に赤くなった。
俺、……翼に抱き締められている――触れ合った部分から熱が伝わってきて、身体が熱くなっちゃうじゃないか。
「段差も何もないトコで、器用にコケるなよ。下手にケガしたら、俺のせいにされんだろ」
ゴミを捨てるように、ポイッと体を離された。その途端、急速に体温が下がっていく。
「あ、ありがと。気をつけるね」
真っ赤な顔を見られないよう、あさっての方を見てお礼を言った。ああハプニング、万歳……
「俺が案内してるんだから、勝手にウロウロすんな」
チッと舌打ちしてから、さっさと左に曲がって歩いて行くツン。その冷たい背中を見て、コッソリため息をついた。本当に厄介な人に恋をしちゃったな。
俺はドキドキする胸を抱えながら、静かにあとをついて行ったのだった。
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