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I fall in love:高鳴る気持ち②

***  「失礼します。って、誰もいないみたいだな。そこ座って、待ってろよ」  ツンとふたりで保健室に入るが、保健の先生は、ちょうどお留守のようだった。  指を差した場所に椅子があったので、そこにちょこんと座る。  手慣れた様子でアルミのトレイに、治療道具を手際良く準備するツン。その背中をぼんやり眺めていると、振り返ってこっちにやって来た。    近くにある椅子を引き寄せ、俺の向かい側に座ると、 「ほら、手を出せって」  そう言って、ずいっと自分の左手を突き出してきた。俺は、すごく困り果てるしかなく――  その手に自分のケガした左手を乗せちゃうと、俺の心の中にある妄想『お医者さんごっこ』が、自動的に始まってしまうんだ。 「自分でやるから、いいよ」  すっごく丁重に、お断りしたのに…… 「片手で上手に、絆創膏が貼れるのか? いいから遠慮しないで、手を寄こせって」  ツンは強引に左手首をがしっと掴み、勢いよくジャーッと消毒液を吹きかけ、優しく脱脂綿でポンポンしてくれた。  ああ、始まってしまった。俺の妄想劇場――  ふたりきりの病室、研修医のツンに治療される患者の俺っていうシチュエーション。俺の心のキズも、こんな風に優しくポンポンされたいものだ。  全然痛くなかったけど、時々痛そうなフリして、ツンの顔をこっそりと見つめていた。真剣に俺の治療をする姿に、胸が否応なしにドキドキする。 (――この顔もイイな、実に写メりたい!) 「悪ぃ……保健室にある絆創膏じゃ塞ぎきれないから、ガーゼ当てておくわ」  機敏な動作で立ち上がって、棚からガーゼと包帯を取り出し、俺の傷口に当てると器用にクルクルと包帯を巻いて、固定してくれた。 「ツン、包帯巻くの上手だね……」  何も喋らないと逆に怪しまれると思い、ありきたりな事を言ってみた。俺の妄想の中では、ツンは優秀な外科医役。なので包帯巻くのが、とっても上手いのだ。……って関係ないか。 「そんなことを言っても、何も出ないからな。つぅかグルグル巻きにしてるだけだから、あとで誰かに縛ってもらえよ。はい、出来上がり」  誰かに縛ってもらえって? そんな勿体ないこと、するワケがないでしょ。この手を抱いて、今夜は寝るもんね!  こっそりと喜びを噛み締めながらながら、左手を右手でさすっていると、ツンが手にしていた包帯が手から落ちて、こちら側に転がってきた。  彼が取る前に素早く、さっと右手で掠め取る。 「あ、サンキュ」  俺の手から包帯を受け取ろうと、ツンは右手を出した。チャンスとばかりにツンの右手に包帯を載せて、その手をぐいっと引き寄せながら―― 「ありがとう、ツン」  耳元で囁いて、キレイなカーブを描いた頬に、そっとキスをしてやった。 お医者さんごっこの妄想を、リアル化してみたのである。最低な大人だと、どうぞ笑って下さい。  本当は唇にキスしたかったんだけど、そこんとこはちゃんと、理性で抑えたんだぞ。 「ちょっ! 水野、何しやがるっ……!」 「お礼のチュウ、だけど?」  ツンは慌てて包帯を奪取し、俺との距離をとった。 「おっ、男に向かって、そんなことすんなよ。気持ち悪いっ!」  気持ち悪いと言いながら、ツンはものすごく顔を赤くしていた。この顔も、めっちゃ貴重だ……是非写メりたい。そしてでっかく引き伸ばして、部屋に貼っておきたい。 「真っ赤な顔して、弁解されてもねぇ」 「おっ、俺は怒っているんだ。だから顔が、赤くなってるワケで……」 「お取り込み中のところ、すまんなぁ。ちょっと話を聞かせてくれるかぁ?」  この声、デカ長じゃないか。いつも、いいところでやって来るなぁ。もしかして、ワザと邪魔しに来てる?  保健室の扉を勢いよく開け、不思議そうな顔して、俺とツンを交互に見た。 「少年、どうした? 顔が、真っ赤になっているが?」  デカ長に図星をさされ、余計に赤くなり、困って変なトコを見るツン。 「別に、何でもないです。はい……」  その姿があまりにも可愛いのと、この事象を招いた俺の責任を込めて、左肩をポンポン叩き、落ち着かせてみた。 「俺、さっきの続きしてきます。怪我してツンに治療してもらって、中途半端に投げ出してきちゃったので」  ツンに治療してもらった、包帯で巻かれた左手をヒラヒラ見せつけ、スキップしながら保健室から出て行く。  この後、ふたりが何を喋ったか分からないけど、間違いなくデカ長から大目玉を食らうのは、覚悟しきゃだな。

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