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I fall in love:高鳴る気持ち③
***
保健室から外に出るため、生徒玄関に向かって歩いていた。外から現場を一度、確認したかったためである。
「確かここを曲がって……。やっぱり、あった!」
割られた窓ガラスがブルーシートで覆われていたので、直ぐに分かった。既に鑑識作業が終わっていて、足跡や遺留物なんか、全然ないだろうけど。
(――飛んできた石の位置関係、ユラリと見えた人影……)
「俺よりも背が低くて、小柄だと思った。多分、この辺りから投げただろうな」
ツンを守ることに必死になり過ぎて、犯人の逃走経路の確認しなかった、出来ない刑事である俺のミス。山上先輩ならもっと上手く、立ち回ることが出来ただろう。
守りに入ってばかりだといけないって、頭では分かっているんだけどなぁ。
ブルーシートを見つめながら、自己嫌悪に陥ってると、廊下の向こうから、ツンが歩いてくるのが見えた。
さっきのチュウの手前、何だか顔を合わせづらい。慌てて後ろを振り返り、傍にあった茂みへ這いつくばって、強引に体を隠してみた。
体を隠しつつ茂みの隙間から、中にいるツンをしっかり視線で、ロックオン状態。まるでストーカーである。
現職の刑事が、何をやってんだか……
「ツンの奴、わざわざ現場に戻ってきて、どうしたんだろ?」
ポツリと呟いたとき、ツンの傍に可愛らしい女の子が、駆け寄って来た。その顔はとても心配そうにしていて、ツンに何かを話しかけている。そんな彼女に、とても優しい眼差しで対応している姿が、目に留まった。
何だよあれ――
「俺のときと、えらい違いなんですけど……」
落ちていた枯れ葉を、右手でシャリシャリと握りつぶす。
見てはいけないものを見てしまった感が満載になり、俯いて握りつぶした枯れ葉を、意味なくじっと見つめた。
……ツンは、健全な男子高校生なんだ。女の子と喋って、鼻の下を伸ばしたって、おかしくないんだから。全然おかしくないのは分かっているのに、自制がどうにも利かない。
「こんな俺……ツンに見せられないな」
粉々になった枯れ葉は、まるで俺の心みたいで……まったく、醜いったらありゃしない。
ふーっと、深いため息をついたときだった。
「おい、こら水野っ! 何、コソコソやってんだ?」
ガラッと窓を開け放ちながら、俺を名指ししてきた。どうして、ここにいるのが分かったんだ?
不思議に思いながら、のろのろと立ち上がり、
「どこから石が投げられたのかなって、あちこち見てたら偶然ツンが来て、女の子と喋ってるトコに……遭遇した、というか」
何を喋っていいか分からない――
しどろもどろに答える俺に、すっごく呆れた視線で見つめてくる。その視線の痛いこと。
やっぱり、さっきの女の子と態度が違いすぎるんですけど……
「確かに……現場に何か、残されてるかもしれないもんな。お仕事、ご苦労様です」
ツンは変な敬礼をしてから、窓辺に頬杖をつき、更にまじまじと見つめてきた。その視線が何だか、俺を責めているように感じてしまい、不自然に外して俯いた。
――シクシクと胸が痛む。
「――声は聞こえなかった、けど」
「何だよ?」
「ツン、女の子と話すとき、優しい顔……するんだね」
心の中のモヤモヤが上手く処理できず、言葉になって出てしまった。
「それがどうしたっていうんだ。水野には関係ないだろ?」
毎回、So What――? そうやって冷たくあしらわれる、こっちの気持ちを、少しは考えて欲しいよ。
「どうして俺と喋るときは、そんなに冷たいんだろう? 何か……怒らせること言ってる?」
「何でかな。水野の顔が、気に食わないからじゃねぇの?」
俺の顔が気に食わない――そんな理由じゃ、どうすることも出来ないじゃないか。……いっそ整形でもして、翼好みの男に変身するしか――
地獄の底に落とされた気分の俺を、じっと見てから、
「それよりも、ちょっとこっちに来いよ」
ツンが窓辺から手招きする。俺はしょんぼりしながら、渋々傍に行った。
「もっと、傍に来いって。ほら、頭の上から枯れ草まみれになってんぞ。払ってやるから」
いつもなら見下ろしているツンが、今は俺よりも少し高い位置にいて、何だか不思議な気持ちがした。
――その首に腕を絡ませて、強引にキスがしたい。……ってそんなことしたら間違いなく、ぶん殴られるだろうな。
「どこ潜り込んだか知らないけど、大変なことになってるぜ」
苦笑いしながら、俺の前髪に絡んでいる草を、丁寧に払ってくれる。
俺に対する口のきき方は難だけど、たまにこうやって優しくしてくれる態度に、ぐっとくるんだ。
「ねぇツン、払ってるというより、叩いてる気がするんだけど?」
「しょうがないだろ。変に絡んで、取れないんだから」
俺の前髪に触れようとした右手首をぎゅっと掴み、射抜くように翼を見つめてやる。
「水野……?」
「俺は翼のことが好きなんだ。だから……優しくして欲しい」
このタイミングで、自分の気持ちを言うのは、正直どうかと思った。だけど伝えずには、いられなかったのだ。
想いがどんどん、胸から溢れて行く感じ。
俺はじっと翼の顔を見る。その顔が、みるみる赤くなっていった。
「なっ、男子高校生に向かって、何言ってんだっバカ! 俺は、山上ってヤツとは違うんだよ」
「山上……先輩の話、デカ長から聞いたの?」
どうしてデカ長は翼に、山上先輩の話をしたんだろう?
「ちょっとだけ話、聞いた。水野を庇って、死んだんだってな……」
君には絶対に知られたくない、辛い過去なのに。どうして――
俺は言葉が出ず、くっと息を飲む。
「デカ長さんに、あのバカのことを頼むって言われたけど、絶対無理ですって断ったから。俺は山上ってヤツみたいに、水野を守れるような、立派な人間じゃない」
(――絶対、無理……もう絶望的なんだ)
「水野……勘違いしてんだよ。図書室で言ったよな。先輩に似てるって。似てるから好きになったんだ、きっと……」
「翼!?」
違うよ! 似てるから好きになったんじゃない。君自身が――
「生憎、俺は男に興味ないから。落とされてたまるか、まったく!」
俺が言葉にする前に、ザックリバッサリと、心に突き刺さる台詞を言い放つ。
掴んでいる右手首を無理矢理振り解き、さよならよろしくピシャリと窓を閉めて、どこかに歩いて行ってしまった翼。
6月の生ぬるい風が、俺の体に吹き荒む。枯れ草まみれの俺の姿は、今の状況とお似合いかもしれない。
――玉砕――
その二文字が、心に重く圧し掛かったのだった。
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