20 / 64

I fall in love:高鳴る気持ち③

***   保健室から外に出るため、生徒玄関に向かって歩いていた。外から現場を一度、確認したかったためである。 「確かここを曲がって……。やっぱり、あった!」  割られた窓ガラスがブルーシートで覆われていたので、直ぐに分かった。既に鑑識作業が終わっていて、足跡や遺留物なんか、全然ないだろうけど。 (――飛んできた石の位置関係、ユラリと見えた人影……) 「俺よりも背が低くて、小柄だと思った。多分、この辺りから投げただろうな」  ツンを守ることに必死になり過ぎて、犯人の逃走経路の確認しなかった、出来ない刑事である俺のミス。山上先輩ならもっと上手く、立ち回ることが出来ただろう。  守りに入ってばかりだといけないって、頭では分かっているんだけどなぁ。  ブルーシートを見つめながら、自己嫌悪に陥ってると、廊下の向こうから、ツンが歩いてくるのが見えた。  さっきのチュウの手前、何だか顔を合わせづらい。慌てて後ろを振り返り、傍にあった茂みへ這いつくばって、強引に体を隠してみた。  体を隠しつつ茂みの隙間から、中にいるツンをしっかり視線で、ロックオン状態。まるでストーカーである。  現職の刑事が、何をやってんだか…… 「ツンの奴、わざわざ現場に戻ってきて、どうしたんだろ?」  ポツリと呟いたとき、ツンの傍に可愛らしい女の子が、駆け寄って来た。その顔はとても心配そうにしていて、ツンに何かを話しかけている。そんな彼女に、とても優しい眼差しで対応している姿が、目に留まった。  何だよあれ―― 「俺のときと、えらい違いなんですけど……」  落ちていた枯れ葉を、右手でシャリシャリと握りつぶす。  見てはいけないものを見てしまった感が満載になり、俯いて握りつぶした枯れ葉を、意味なくじっと見つめた。  ……ツンは、健全な男子高校生なんだ。女の子と喋って、鼻の下を伸ばしたって、おかしくないんだから。全然おかしくないのは分かっているのに、自制がどうにも利かない。 「こんな俺……ツンに見せられないな」  粉々になった枯れ葉は、まるで俺の心みたいで……まったく、醜いったらありゃしない。  ふーっと、深いため息をついたときだった。 「おい、こら水野っ! 何、コソコソやってんだ?」  ガラッと窓を開け放ちながら、俺を名指ししてきた。どうして、ここにいるのが分かったんだ?  不思議に思いながら、のろのろと立ち上がり、 「どこから石が投げられたのかなって、あちこち見てたら偶然ツンが来て、女の子と喋ってるトコに……遭遇した、というか」  何を喋っていいか分からない――  しどろもどろに答える俺に、すっごく呆れた視線で見つめてくる。その視線の痛いこと。  やっぱり、さっきの女の子と態度が違いすぎるんですけど…… 「確かに……現場に何か、残されてるかもしれないもんな。お仕事、ご苦労様です」  ツンは変な敬礼をしてから、窓辺に頬杖をつき、更にまじまじと見つめてきた。その視線が何だか、俺を責めているように感じてしまい、不自然に外して俯いた。  ――シクシクと胸が痛む。 「――声は聞こえなかった、けど」 「何だよ?」 「ツン、女の子と話すとき、優しい顔……するんだね」  心の中のモヤモヤが上手く処理できず、言葉になって出てしまった。 「それがどうしたっていうんだ。水野には関係ないだろ?」  毎回、So What――? そうやって冷たくあしらわれる、こっちの気持ちを、少しは考えて欲しいよ。 「どうして俺と喋るときは、そんなに冷たいんだろう? 何か……怒らせること言ってる?」 「何でかな。水野の顔が、気に食わないからじゃねぇの?」  俺の顔が気に食わない――そんな理由じゃ、どうすることも出来ないじゃないか。……いっそ整形でもして、翼好みの男に変身するしか――  地獄の底に落とされた気分の俺を、じっと見てから、 「それよりも、ちょっとこっちに来いよ」  ツンが窓辺から手招きする。俺はしょんぼりしながら、渋々傍に行った。 「もっと、傍に来いって。ほら、頭の上から枯れ草まみれになってんぞ。払ってやるから」  いつもなら見下ろしているツンが、今は俺よりも少し高い位置にいて、何だか不思議な気持ちがした。  ――その首に腕を絡ませて、強引にキスがしたい。……ってそんなことしたら間違いなく、ぶん殴られるだろうな。 「どこ潜り込んだか知らないけど、大変なことになってるぜ」  苦笑いしながら、俺の前髪に絡んでいる草を、丁寧に払ってくれる。  俺に対する口のきき方は難だけど、たまにこうやって優しくしてくれる態度に、ぐっとくるんだ。 「ねぇツン、払ってるというより、叩いてる気がするんだけど?」 「しょうがないだろ。変に絡んで、取れないんだから」  俺の前髪に触れようとした右手首をぎゅっと掴み、射抜くように翼を見つめてやる。 「水野……?」 「俺は翼のことが好きなんだ。だから……優しくして欲しい」  このタイミングで、自分の気持ちを言うのは、正直どうかと思った。だけど伝えずには、いられなかったのだ。  想いがどんどん、胸から溢れて行く感じ。  俺はじっと翼の顔を見る。その顔が、みるみる赤くなっていった。 「なっ、男子高校生に向かって、何言ってんだっバカ! 俺は、山上ってヤツとは違うんだよ」 「山上……先輩の話、デカ長から聞いたの?」  どうしてデカ長は翼に、山上先輩の話をしたんだろう? 「ちょっとだけ話、聞いた。水野を庇って、死んだんだってな……」  君には絶対に知られたくない、辛い過去なのに。どうして――  俺は言葉が出ず、くっと息を飲む。 「デカ長さんに、あのバカのことを頼むって言われたけど、絶対無理ですって断ったから。俺は山上ってヤツみたいに、水野を守れるような、立派な人間じゃない」 (――絶対、無理……もう絶望的なんだ) 「水野……勘違いしてんだよ。図書室で言ったよな。先輩に似てるって。似てるから好きになったんだ、きっと……」 「翼!?」  違うよ! 似てるから好きになったんじゃない。君自身が―― 「生憎、俺は男に興味ないから。落とされてたまるか、まったく!」  俺が言葉にする前に、ザックリバッサリと、心に突き刺さる台詞を言い放つ。  掴んでいる右手首を無理矢理振り解き、さよならよろしくピシャリと窓を閉めて、どこかに歩いて行ってしまった翼。  6月の生ぬるい風が、俺の体に吹き荒む。枯れ草まみれの俺の姿は、今の状況とお似合いかもしれない。  ――玉砕――  その二文字が、心に重く圧し掛かったのだった。

ともだちにシェアしよう!