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I fall in love:事件発生で告げる想い②

***  体育館横にある倉庫、もとい古びた物置に、一分ほどで到着した。鍵はかかっていないらしく、ツンが手慣れた様子でガチャリと開ける。 「えっと電気のスイッチ……どこだっけ?」  ツンに続き、中に入ってみると、窓を覆う大きな荷物のせいか、物置の中は真っ暗で。  電気のスイッチを探すため、左側の壁を触ってるツンとは逆の壁に、手を伸ばした時だった。  自動ドアのように、スーッと扉が閉まり、ガチャンと鍵を掛ける音が聞こえてきた。 (……やられたっ!)  さっき指先に感じた電気のスイッチを付けるのと、何か飛ぶような音が聞こえたのが同時だった。  ビュン、カチン。ピッ、ピッ、ピッ……  その音に慌てて、ツンがドアノブに飛びつき回してみるが、しっかり施錠されてるみたいだ。  ちくしょう、仕組まれた罠だったのか! ……ってことはさっきの視線、俺たちを監視してたものだったんだ。  こういうイヤなことにだけに関しては、刑事の勘が上手く発揮されるんだから、まったくもう!  内心呆れながら、音が鳴ってる飛び箱へ静かに近づいた。素人でも分かるであろう、この電子音の正体――  深いため息をついて落ち着き、慎重に上の段を取り外して、そっと中を覗く。 理科の実験で使われそうな、シルバーの小さなアルミのケースが目に止まる。  透明な窓からカラフルなラインが、うじゃうじゃと見えた。 (トラップあり、か。……これは解体するのには、無駄に時間がかかりそうだな。でもこのラインを退けつつ、回路を手早く読めば――) 「あるのか? ……爆弾」 「うん、チープな感じの作りしてる。けど扉が閉まると、起爆スイッチが入る仕組みになっていたから、安易に触れないな。5分タイマ―みたいだ。残り4分12秒」  手にしていた飛び箱の上の段を床に置いてから、爆弾らしき物を、ゆっくりと飛び箱から取り出す。慎重にケースを取り外して基盤を眺めたその瞬間、ツンは突然扉に体当たりをはじめた。 「ツン!?」  諦めずに硬い扉に向かって、何度も体当たりをする。 「他に何か、手は、ないのかよっ? くそっ、古いくせに、頑丈な作り…… しやがってっ!」  一瞬でも諦めた、自分が恥ずかしい。ツン……君は強いんだね。  ツンに勇気をもらった俺は目をつぶり、爆弾処理に関する記憶を思い出す。 「とりあえず、周りにある物を壁際まで移動して、飛散するのを防ぐ。それが終わったら、ツンはあのロッカーに入って、身を潜めててくれ」  言いながら手近にある物から移動をしつつ、デカ長に連絡して、爆弾処理班の応援を要請した。  ふたりで力を合わせて、あらかた移動が、終わった時だった。 「俺をあのロッカーに入れさせて、お前はどうするんだよ?」  壁際に、大きな看板を立て掛けながら聞いてくる。 「爆発しないよう、解体してみる」 「解体……やったことあんのか?」  俺のそばに歩いてきて、顔を引きつらせながら、不安そうにまじまじと見上げるツ。その視線に、わざと笑顔で答えてやった。  ま、いろいろやらかしてるから、不安にさせるのは、しょうがないんだけど。 「大丈夫さ、研修だってしっかり受けてるし。こう見えて回路読むの、得意なんだよ」  得意だとアピールしたのに、余計渋い顔をする。どんだけ信用ないんだ、俺ってば。 「し、失敗したらどうするんだ? 死ぬかもしれないんだぜ?」 「失敗しないよう、慎重に解体するから。大丈夫大丈夫……」  普段の俺の姿を見てるから、余計不安になってるのかも。ここは落ち着いて、ツンを宥めないといけないなぁと、こっそり考えていた。  ツンは難しい顔をしたまま、足元にあった平均台を、壁際に向かって勢いよく蹴飛ばし、俺の両肩をガシッと掴む。掴んだその手が、わずかに震えていた。 (もしかして、震えるほど怖いのかな?)  俺が小首を傾げるのと、ツンが襟首と左袖を掴んで、俺の重心を崩すのが同時だった。  気がついたらあっという間に、左足にツンの足がぶつかって、華麗に刈り上げられる。現役の刑事、形無し――見事大外刈りで、1本取られました!!  自己嫌悪に陥る間もなく、マットの上に横たわる俺に跨ったツンは、両手で襟元を掴んで、ゆさゆさと激しく揺さぶってきた。 「何で……自分の生命を大事にしないんだよっ! 山上に助けられた生命だろ。どうして……」  そんなの、決まってるじゃないか。 「翼を確実に助けたいから。もう好きな人を失いたくないんだ。俺……」  俺の台詞に、目を細めて切なそうな顔をした。 「好きな人を失いたくないだって? 笑わせんじゃねぇよ。残された人間の気持ちが、どんなものか……水野が一番、分かってるだろうがっ!」  その言葉に、ぎゅっと胸が締めつけられる。  両手の拳を握りしめながら目を見開いて、翼の顔を見上げた。    ……確かに、一番よく分かっているよ。死にたくなるくらい、辛い気持ちが――  規則的に響く電子音と反比例して、俺の鼓動はどんどん早くなった。  失ったときのつらい悲しみと、失いたくない大切にしたい想いが相まって、心拍数がどんどん上昇する。 「どうして山上が、お前を助けたと思う? こんな風に、俺を助けるためじゃねぇよ。お前自身、幸せになって欲しいから……そうに決まってる」 「でも、俺は翼にた――」 「ごちゃごちゃ……うるさいんだよっ!」  俺の台詞を遮り、怒鳴りながら翼がいきなりキスしてきた。  驚いて目を見開いて翼を見ると、一瞬で唇を離し、まじまじと俺の顔を見る。だけどすぐに瞳を閉じて、しっかりと俺の唇にキスをしてくれた。 「んっ、ふ……」  唇を割って入ってきた舌に、ゆっくり自分の舌を絡ませる。夢にまで見た、翼とのキス――  貪るように唇を吸われ、頭がクラクラした。  夢じゃないのを確認するのに、翼の体に両手でしがみつく。  深く絡め取った舌を解放し、上顎をゆっくりと舌で撫でてから、唇を離す翼。  あのそんな技、どこで覚えたのやら……ぞくぞくっとしっかり、感じてしまいましたよ。  嬉しさで泣きそうになってる俺の手を、真っ赤な顔して、勢いよくババッと振り払った。 「いっ、生きてりゃこういうことだって出来るんだ。だから生きろ!」 「翼……」  ――君は、俺と生きることを選んでくれるんだね。それだけで俺は…… 「あのロッカーを裏向きに変えて、入口を壁際に寄せたら、何とか二人入れるだろ。ほら、行くぞ」 「分かった、残りあと1分18秒。二人でロッカーの向きを変えよう」  俺は横目で時間を確認してから、差し出してくれた翼の手に、しっかりと自分の手を絡ませた。力強いその手に支えられて立ち上がると、安堵感がぶわっと広がる。  さっきまでうじうじ悩んでいたのが、嘘みたいだ――  ありがとうの気持ちを込めて、じっと見つめると、ちょっと照れた顔のツンが、プイッとそっぽを向いた。  そんな翼の肩を叩き、二人でよいしょと力を合わせて、ロッカーの向きを変え扉を開けると、ツンが俺の腕を引っ張る。  その手をやんわり外して、首を横に振った。 「ツンが中に入ってて。俺が外から守るから」  苦笑しながら強引に翼の体を押し込むと、中から不満げな声がする。 「そんなの、イヤに決まってんだろ。少しでもいいから、中に入れって。ほら……」  翼が強引に俺の上半身を、ロッカーの中に引っ張り込んだ。  どうしよう、すごくドキドキしてるんですけど。  ドキドキついでに、聞いてみようかな……? さっきから、すっごい気になってること――  思いきって、翼の耳元で囁くように訊ねてみる。 「あのさツン、こんなときに何だけど……こんなときだから、聞きたいのかもしれない」 「……何だよ?」  いつも通り、面倒くさそうに言う。だけど俺から見えてる翼の顔が、少しだけ赤かった。 「さっき校舎裏で、話が途切れちゃったよね。チャイムのせいで……あれは何を言おうとしたんだい?」  俺が訊ねると更に顔を赤くして、困った顔をする。 「もしかしたら、これが最期になるかもしれないだろ? 教えてよ、翼の台詞……気になって、死んでも死にきれない」 「気にすんな。つぅか、勝手に死ぬな。バカ!!」 「最期くらい、優しくして欲しいよ」  俺の得意技、おねだり大作戦のオンパレードである。声色を震わせ、ウルウルさせることを忘れない。  卑怯な大人だと、罵って下さい。だって俺、めちゃ必死なんだから。 「ったく、しつけぇな。分かったよ」 「俺も昨日、からだよね?」  念を押してに言うと、翼は心底呆れた視線で俺を見た。顔の赤みだけは、そのままキープされていたけど。 「お……俺も昨日、妬いたんだよ。お前が女子に、妬いたみたく……」 「誰に?」  本当に誰か分からないから聞いたというのに、翼はあからさまに、ガックリとうな垂れる。 「あ~もう、山上だよ山上っ! どうして分かんないかな。そういうトコが、俺をイライラさせんだよ。理解しろって!」 「どうして、山上先輩に嫉妬するのさ? そっちの方が分からないよ。俺は、ツンが好きって言ってるのに」  小首を傾げて、じっくり考えてみる。山上先輩に対して、何か言ったりしたかな?  規則正しく響く電子音とは逆に、イライラがヒートアップする翼。 「俺が山上の名前出したときに、水野の手の温度が上がったんだ。死んじまった人間のことがまだ好きだから、上がったんだと思って……それで……」  吐き捨てるように言ってから、しょんぼりと俯く。  俺の手の温度が上がった――? そんなの全然、気がつかなかったよ。君に知られたくない過去を知られて、頭に血が上ったのは確かだけど。  でも、嬉しい。翼が俺のこと……  無理矢理ロッカーの中に腕を入れて、翼をぎゅっと抱きしめた。 「有り難う翼、やっと分かったから」 「遅っせぇよ、まったく……」  口を尖らせて、ぶつぶつ文句を言う。 「だって、翼……分かりにくいんだもん。しょうがないじゃないか」 「うるせぇな。そういうトコが、すっげー嫌いだ」  最初から君は俺のこと、嫌い嫌いって言ってばかりだ。 「困ったね、それは」 「チッ、大人ぶりやがって。ドジっ子のくせに」 「はいはい」  翼の背中をポンポンすると、ふっと真剣な顔をした。 「だけど……水野の一生懸命なトコ、嫌いじゃないぜ……」  耳まで赤くして、伝えてくれた気持ちが、すごく嬉しい―― 「翼、俺は君が好きだよ。絶対に君を守るから」 「なら俺は、水野の心を守ってやるよ……もう傷つかないように……」  そう言って翼は俺の体に腕を回し、左肩に額を乗せた。愛しい温もりに、目を閉じると、 「もし……二人して生き残れたら、さっきのキス、してやってもいいぜ?」  なぁんて素敵な、提案をしてくれる。なんだか、夢を見ているみたいだ。 「本当に!?」 「ただし。二人とも無傷が条件だぞ?」  すっごく意地悪そうに、笑いながら言った。  何かムカつく―― 「はぁ。どうしてこんな、意地悪ばかり言う男に惚れちゃったんだろ。しかも未成年だし、リスク高いよなぁ」    山上先輩といい翼といい、口だけはめっちゃ達者なんだから。  それでも笑顔が見られるので、実際のところ諦めている俺。 「俺は水野なんか、好きじゃないし……好きなんて、一言も言ってないからな」  そう言いつつも、俺の体を強く抱きしめる。  まったく、素直じゃないんだから。 「最期くらい、好きって言ってくれよ。翼……」  手早く回路を読んだ結果、爆発しない確率が高そうだった。それゆえに最期にはならないだろうけど、どうしても翼の口から好きって言葉が聞きたかったんだ。  俺は優しく頬にキスして見つめると、翼は真っ赤な顔して俺を見上げる。 「好きかも、しんない……」  恥ずかしかったのか、目を瞑りながら、やっと言ってくれた。 「翼……」  その可愛すぎる表情にもう堪らなくなり、キスをしようとしたら、何故か『イッツ ア スモールワールド』が軽やかなメロディとして、倉庫内を流れたのである。 「後者だったか」  前者は爆発、後者は未爆発――予想通り悪い方の刑事の勘が、見事に発揮された瞬間だった。

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