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I fall in love:事件発生で告げる想い④

***  体育館の倉庫の近くにある奥まった校舎裏に、無理矢理連行された俺は、微妙な表情を浮かべて、目の前にいる翼を見下ろす。 「つまり……後者の確率が高い中で、いろいろおねだりしたんだな。水野?」 「おねだりじゃないよ。お願いだったりアレコレ知りたがったり……ツンのことになると、見境なくなっちゃってさぁ」  頭をばりばり掻きながら、困った風を装って、この場を何とか切り抜けようとした。卑怯な大人だと笑って下さい。  困ったなぁと俯いたところに突然、両手で襟首を掴んで、ギリギリッと壁際に押し留める。 「ちょっとツン乱暴、背中が痛いって……」  俺の苦情をいつも通り無視して、不機嫌丸出しの翼。 「俺を騙した罰だ、詐欺罪だよ。水野」 「だったらツンだって、泥棒なんだから。俺の心を盗んだ窃盗罪」  嘘つきは泥棒の始まりって、最初から指摘していたもんね。まさに俺の心をガッツリと盗んでくれたんだよ、君は……  上目遣いで翼の顔を見ると、ポッと頬を赤く染めた。 「そんなモノ、盗んだ覚えはねぇよ……バカ」  俺を掴んでる両手に、力が入った。甘い雰囲気が全然ないのは残念だけど、君に押さえつけられてるだけで、何だか幸せを感じる。 「まったく、素直じゃないんだから。俺のこと、好きって言ったくせに」 「うっ……あれは、好きかもしんないと言っただけで、好きじゃないっていう意味も含まれてるんだって」 「そうやって、苦しまぎれの嘘をつく。偽証罪認定、ツンの負けだよ」  しかしずっと、君に押さえつけられているこの状況は、大人の俺にとってはもう飽きた。やっぱもう少し、甘い展開にしたい。  意を決して翼の右手首の外側を掴み、捻りながら腕から上手く、くるりとくぐり抜けた。捻ると掴んでいる力が半減するんだ。  そのまま掴んだ腕を翼の背中に押しつけ、片手で襟首を掴んで、体勢をあっという間に入れ替える。 「現職警察官を、甘く見ないで欲しいな。君を捕らえるのなんて、簡単に出来るんだよ」  呆気にとられた顔をしつつも、何故か耳まで赤くして俺を見上げる翼。 「ふたりして無傷で生還したんだ。約束どおりあのキス、してもらおうか」 「何、無茶苦茶言ってやがる。あれは、爆発が起きてっていう前提だ。勘違いすんな……」  俺がこんな風に強引に迫るなんて、思っていなかったんだろう。おどおどしながら、あちこちに視線を彷徨わせる。  まったく……その姿すら愛しく想うよ。 「そんなこと、一言も言ってなかった。なので却下。ほら、早くしてよ?」  ぐいっと顔を近づけた俺に、慌てて顔を背ける。いちいち焦らしてくれるねぇ。 「俺としてはこれ以上、罪を重ねて欲しくないなあ。じゃないと、こっちからチュウしちゃうよ?」  俺の言葉に焦った翼が、全力でジタバタする。ま、こちらも全力で押さえつけるけどさ。 「ちょっ、脅迫すんな! それ以上顔、近付けんじゃねぇって。照れんだろ……」    照れんだろ……って俺にはこの言葉、破壊力満載なんですけど。心臓にグサッって突き刺さったよ。  ため息をついて、仕方なく翼を解放してあげた。 「ツンって、アメとムチの使い方が絶妙だよね。ムチムチムチアメみたいな。アメ、小さいけどすっごい極甘なんだ。だから堪らなくなる……」 「そんな使い方してる、覚えねぇし……」  何だよそれ。無自覚で俺を、翻弄してるっていうのか!?    未成年の男子高校生に、いいように弄ばれる大人の俺って一体……  呆れ果てる俺に翼は首に腕を絡ませて、すくい上げるようなキスをしてくれた。最後には頬にも、チュッって。  ――どうしよう、幸せすぎる。 「最後のはオマケだ、喜べ」 「オマケって……こんなお子さまなチュウ、大人は喜べないよ」  嬉しさを隠すべく、文句を言ってみた。だけど緩んでる口元は、やっぱ隠せないや。 「うるせぇな、俺はイヤなんだよ。水野に見下ろされてるのが……絶対にお前より背、高くなってやる!」  真っ赤な顔して、喚く翼。俺同様、照れ隠しなんだろうなぁ。 「はいはい、せいぜい牛乳いっぱい飲んで、頑張って下さい」 「俺、大学受験やめる……」 「はいはい、たくさん勉強して大学受験やめ、るぅ?」  おいおい。突然、何を言い出すんだい!?  驚いてる俺に、何故か右手にガッツポーズを作り、何やら決意を固めている様子。 「警察官になって、水野を凝らしめてやるんだ。うん!」 「何か日本語おかしくないかい? 俺じゃなくて、犯人じゃないの?」 「お前みたいな刑事に、この街は預けられねぇよ。俺がたくさん犯人取っ捕まえて、水野をギャフンと言わせてやるんだ」  何故、俺にギャフンと言わせようとしているんだよ。さっきの甘い雰囲気はどこへやら、一歩間違えば修羅場と化しそうだ。 「そんなに治安が悪い所じゃないから、たくさん犯人なんて捕まらないからね。それに大学行ってからでも、警察官になれるよ。キャリア組って言うんだけど」 「ふん。そんなの時間の無駄だね、待ってらんねぇよ。だから水野、俺の勉強面倒見ろよな。責任は、お前にあるんだから」 「どうして俺に、責任を擦り付けるかなぁ。仕事してるから、なかなか時間作るのは難しいと思う。そんな安易に、自分の将来を決めるなよ」  ワケの分からない言葉に頭を抱え、身悶える俺を見て、翼は可笑しそうに笑っていた。君の大事な将来の話だっていうのに。 「一緒にいる時間が増えれば、俺のこと、落とせるかもしれないぜ?」 「は?」   俺は頭を抱えたまま、フリーズするしかない。何だよ、今の台詞…… 「俺はお前のことを、好きかもしんないと言った。だけどそれを言わせたのは、緊急事態だったからなんだぞ。まだ完全な好きじゃねぇんだ」 「……ガーン、そうなの?」  つまり、半落ちってことなのか!? じゃあ俺は、これからどうすればいいんだよ。 「現職の刑事が高校生ひとり、落とせないなんてなぁ……」 「ムッ、言ってくれたね。翼」  その言葉に、俄然やる気が出たよ俺! 翼をキッと睨んでみた。 「簡単に落ちてたまるかよ、バカ」  俺の一睨みも何のその、翼は肩を竦めながらせせら笑う。 「何か上手いこと言われて、手懐けられてるような気分、満載……」  まったく……君ってコは相変わらず、口だけは達者なんだから。  呆れ果ててる俺を放っておき、翼はさっさと歩き出した。その背中を慌てて掴む。 「分かったから。時間……何とかして作るから」  ここは何としてでも、どんな手を使っても、君を落としてみせる! 「ツンが晴れて警察官になったら、俺をあげるね」  その言葉に、カアァっと頬を染めて、カチンコチンに固まる。 「ご褒美あった方が、やる気が出るだろ?」  俺が顔を覗き込んで、意味深に笑うと、ますます赤くなった。やっぱ、こうでなきゃなぁ。大人が主導権を握らないと。 「おーい、ふたりとも。犯人見つかったぞ!」  どこからか俺たちを呼ぶ、デカ長の声。チッ、いいトコだったのにっ。 俺は翼の右手を強引に掴んで、一気に走り出しだ。 「だから、それまでに落としてみせるからね。翼!」  振り返りながら言うと、顔を赤くしたまま、うんとイヤそうな顔をして、 「その言葉、受験生に禁句……」  呟くように言って、俺の手をぎゅっと握りしめてくれた。それに答える様に、俺も翼の手を握る。  君の温かい手を、絶対に離したくないと思ったから。

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