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I fall in love:事件発生で告げる想い④
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体育館の倉庫の近くにある奥まった校舎裏に、無理矢理連行された俺は、微妙な表情を浮かべて、目の前にいる翼を見下ろす。
「つまり……後者の確率が高い中で、いろいろおねだりしたんだな。水野?」
「おねだりじゃないよ。お願いだったりアレコレ知りたがったり……ツンのことになると、見境なくなっちゃってさぁ」
頭をばりばり掻きながら、困った風を装って、この場を何とか切り抜けようとした。卑怯な大人だと笑って下さい。
困ったなぁと俯いたところに突然、両手で襟首を掴んで、ギリギリッと壁際に押し留める。
「ちょっとツン乱暴、背中が痛いって……」
俺の苦情をいつも通り無視して、不機嫌丸出しの翼。
「俺を騙した罰だ、詐欺罪だよ。水野」
「だったらツンだって、泥棒なんだから。俺の心を盗んだ窃盗罪」
嘘つきは泥棒の始まりって、最初から指摘していたもんね。まさに俺の心をガッツリと盗んでくれたんだよ、君は……
上目遣いで翼の顔を見ると、ポッと頬を赤く染めた。
「そんなモノ、盗んだ覚えはねぇよ……バカ」
俺を掴んでる両手に、力が入った。甘い雰囲気が全然ないのは残念だけど、君に押さえつけられてるだけで、何だか幸せを感じる。
「まったく、素直じゃないんだから。俺のこと、好きって言ったくせに」
「うっ……あれは、好きかもしんないと言っただけで、好きじゃないっていう意味も含まれてるんだって」
「そうやって、苦しまぎれの嘘をつく。偽証罪認定、ツンの負けだよ」
しかしずっと、君に押さえつけられているこの状況は、大人の俺にとってはもう飽きた。やっぱもう少し、甘い展開にしたい。
意を決して翼の右手首の外側を掴み、捻りながら腕から上手く、くるりとくぐり抜けた。捻ると掴んでいる力が半減するんだ。
そのまま掴んだ腕を翼の背中に押しつけ、片手で襟首を掴んで、体勢をあっという間に入れ替える。
「現職警察官を、甘く見ないで欲しいな。君を捕らえるのなんて、簡単に出来るんだよ」
呆気にとられた顔をしつつも、何故か耳まで赤くして俺を見上げる翼。
「ふたりして無傷で生還したんだ。約束どおりあのキス、してもらおうか」
「何、無茶苦茶言ってやがる。あれは、爆発が起きてっていう前提だ。勘違いすんな……」
俺がこんな風に強引に迫るなんて、思っていなかったんだろう。おどおどしながら、あちこちに視線を彷徨わせる。
まったく……その姿すら愛しく想うよ。
「そんなこと、一言も言ってなかった。なので却下。ほら、早くしてよ?」
ぐいっと顔を近づけた俺に、慌てて顔を背ける。いちいち焦らしてくれるねぇ。
「俺としてはこれ以上、罪を重ねて欲しくないなあ。じゃないと、こっちからチュウしちゃうよ?」
俺の言葉に焦った翼が、全力でジタバタする。ま、こちらも全力で押さえつけるけどさ。
「ちょっ、脅迫すんな! それ以上顔、近付けんじゃねぇって。照れんだろ……」
照れんだろ……って俺にはこの言葉、破壊力満載なんですけど。心臓にグサッって突き刺さったよ。
ため息をついて、仕方なく翼を解放してあげた。
「ツンって、アメとムチの使い方が絶妙だよね。ムチムチムチアメみたいな。アメ、小さいけどすっごい極甘なんだ。だから堪らなくなる……」
「そんな使い方してる、覚えねぇし……」
何だよそれ。無自覚で俺を、翻弄してるっていうのか!?
未成年の男子高校生に、いいように弄ばれる大人の俺って一体……
呆れ果てる俺に翼は首に腕を絡ませて、すくい上げるようなキスをしてくれた。最後には頬にも、チュッって。
――どうしよう、幸せすぎる。
「最後のはオマケだ、喜べ」
「オマケって……こんなお子さまなチュウ、大人は喜べないよ」
嬉しさを隠すべく、文句を言ってみた。だけど緩んでる口元は、やっぱ隠せないや。
「うるせぇな、俺はイヤなんだよ。水野に見下ろされてるのが……絶対にお前より背、高くなってやる!」
真っ赤な顔して、喚く翼。俺同様、照れ隠しなんだろうなぁ。
「はいはい、せいぜい牛乳いっぱい飲んで、頑張って下さい」
「俺、大学受験やめる……」
「はいはい、たくさん勉強して大学受験やめ、るぅ?」
おいおい。突然、何を言い出すんだい!?
驚いてる俺に、何故か右手にガッツポーズを作り、何やら決意を固めている様子。
「警察官になって、水野を凝らしめてやるんだ。うん!」
「何か日本語おかしくないかい? 俺じゃなくて、犯人じゃないの?」
「お前みたいな刑事に、この街は預けられねぇよ。俺がたくさん犯人取っ捕まえて、水野をギャフンと言わせてやるんだ」
何故、俺にギャフンと言わせようとしているんだよ。さっきの甘い雰囲気はどこへやら、一歩間違えば修羅場と化しそうだ。
「そんなに治安が悪い所じゃないから、たくさん犯人なんて捕まらないからね。それに大学行ってからでも、警察官になれるよ。キャリア組って言うんだけど」
「ふん。そんなの時間の無駄だね、待ってらんねぇよ。だから水野、俺の勉強面倒見ろよな。責任は、お前にあるんだから」
「どうして俺に、責任を擦り付けるかなぁ。仕事してるから、なかなか時間作るのは難しいと思う。そんな安易に、自分の将来を決めるなよ」
ワケの分からない言葉に頭を抱え、身悶える俺を見て、翼は可笑しそうに笑っていた。君の大事な将来の話だっていうのに。
「一緒にいる時間が増えれば、俺のこと、落とせるかもしれないぜ?」
「は?」
俺は頭を抱えたまま、フリーズするしかない。何だよ、今の台詞……
「俺はお前のことを、好きかもしんないと言った。だけどそれを言わせたのは、緊急事態だったからなんだぞ。まだ完全な好きじゃねぇんだ」
「……ガーン、そうなの?」
つまり、半落ちってことなのか!? じゃあ俺は、これからどうすればいいんだよ。
「現職の刑事が高校生ひとり、落とせないなんてなぁ……」
「ムッ、言ってくれたね。翼」
その言葉に、俄然やる気が出たよ俺! 翼をキッと睨んでみた。
「簡単に落ちてたまるかよ、バカ」
俺の一睨みも何のその、翼は肩を竦めながらせせら笑う。
「何か上手いこと言われて、手懐けられてるような気分、満載……」
まったく……君ってコは相変わらず、口だけは達者なんだから。
呆れ果ててる俺を放っておき、翼はさっさと歩き出した。その背中を慌てて掴む。
「分かったから。時間……何とかして作るから」
ここは何としてでも、どんな手を使っても、君を落としてみせる!
「ツンが晴れて警察官になったら、俺をあげるね」
その言葉に、カアァっと頬を染めて、カチンコチンに固まる。
「ご褒美あった方が、やる気が出るだろ?」
俺が顔を覗き込んで、意味深に笑うと、ますます赤くなった。やっぱ、こうでなきゃなぁ。大人が主導権を握らないと。
「おーい、ふたりとも。犯人見つかったぞ!」
どこからか俺たちを呼ぶ、デカ長の声。チッ、いいトコだったのにっ。
俺は翼の右手を強引に掴んで、一気に走り出しだ。
「だから、それまでに落としてみせるからね。翼!」
振り返りながら言うと、顔を赤くしたまま、うんとイヤそうな顔をして、
「その言葉、受験生に禁句……」
呟くように言って、俺の手をぎゅっと握りしめてくれた。それに答える様に、俺も翼の手を握る。
君の温かい手を、絶対に離したくないと思ったから。
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