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#1-2

御神籤(おみくじ)は今年も末吉だった。 大吉なんて引いたことがない。凶や大凶なら笑いに変えられるが、それもない。 いつだって末吉だか小吉だか、自分の記憶にすら残らないような、地味で曖昧な運勢。 折り畳んだ紙片をもたもたと境内の木の枝に結びつけてから、那緒(なお)は袖口についた雪をはたき落とした。 大晦日から薄っすらと降り続いた雪は、今朝の晴天で大方融けはしたが、日陰にはまだ残っている。 境内には自分たちと同じ初詣客が数人見えたが、ジャケットを羽織っただけの薄着の姿もあった。 時期の割にずいぶん気温が高く、晴れがましい新年を祝っているかのような空が、青く広がっている。 「おいポンコツ。早くしろ」 「ナオ、置いてくよ」 声に振り向けば、二人の幼馴染が神社の本殿を背に、早々と歩き出していた。 彼らの言葉は脅しではない、出遅れれば本当に置いて行かれる。そのことを身をもって知っている那緒は、慌ててその歩を追った。 元日の昼過ぎ、集合はいつものコンビニ。互いへの挨拶もそこそこに、徒歩二分の氏神神社へ初詣。 もはや慣習となった恒例行事も、もう何度目だろうか。 コンビニがまだ空き地だった頃から、そこは三人の待ち合わせ場所だった。 いつだって一番早く着いて待っているのは那緒なのに、以降は何をしても「遅い」となじられる。それはもう、息をするより滑らかに罵られる。 「本ッ当にテメーは、何食ったらそんなにトロくなれんだよ、ああ?」 「う……仕方ねえじゃん、上手く結べなかったんだよ……」 「宗介(そうすけ)、大凶だったからってイラつくなよ」 「うっせえ次言ったら殺すぞボケ!」 鬼塚(おにつか)宗介(そうすけ)はただでさえ凶悪な三白眼を殊更吊り上げて吠えた。 その表情たるや、一般市民が泣いて逃げるか通報されるかといったところだが、盤野(ばんの)友春(ともはる)は眉ひとつ動かすことなく「子供かよ」と呟いた。 顔の下半分を覆うマスクが動きもしない程度の声。 那緒はそれに何も言わず肩を竦める。 西暦がひとつ増え、干支がバトンタッチしたくらいでは、この長年保たれたパワーバランスは変わるわけがなかった。 三人の友人関係の歴史は、みどり幼稚園ひよこ組にまで遡る。 弱冠三才にして暴君ぶりを発揮していた宗介と、泣き虫で弱虫、鈍臭くてすぐに転ぶ那緒。それを眺めて助けるでもなく、かと言って宗介の機嫌を伺うわけでもないマイペースな友春、という構図が、入園二ヶ月ですでに出来上がっていた。 互いの家は徒歩五分圏内で、学区も同じ。 小学校のある時期から自宅に寄り付かなくなった宗介は、週に六日は那緒の家に入り浸った。 それに便乗し友春も週に五日は那緒の家でおやつを食べた。 そういうわけで宗介と友春は、那緒のことはポンコツと言って憚らないが、その母親には頭が上がらない。 現に、初詣を終えた今からは、那緒ママへ新年のご挨拶という名目でお汁粉をいただきに行くという、これもまた彼らの年始の恒例行事であった。 「宗介、そういや今日、円佳(まどか)ちゃんは?」 友春がふと思い出したようにその名を出すと、宗介は僅かに苦い顔をした。 「……親父たちが連れてった。明日まで帰ってこねえ」 「ああ、成る程」 宗介の家は親族関係がややこしく、盆や正月には丸一日かけて挨拶回りをするのだと聞いたことがあった。宗介の末の妹である円佳は、それに同行しているらしい。 幼い頃は宗介も強制連行されていたが、ある年の盆に三人でボイコット作戦を企てたところ見事成功。 予定を狂わされた両親は、それ以来宗介を連れて行くのをやめた。 「帰ってきたら連れてきてよ。お年玉あげる約束したんだ」 那緒がへらりと顔を緩ませて言うと、宗介は「テメー、六才児にまでたかられてんのか?」と鼻で笑った。

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