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#1-4
「ナオママあけおめー」
「っス」
友春の猫を被った朗らかボイスに、あけましておめでとうございま、を省略した宗介の挨拶が続く。
那緒ママこと理緒はいつものほわほわとした笑顔で迎え、お汁粉をよそうべくキッチンへと消えた。
リビングのテレビでは所謂正月特番のバラエティが垂れ流しになっていて、いつもより一層浮かれた雰囲気の笑い声が絶えず聞こえてくる。
「なんかさ、お正月っていいよね」
ソファのクッションに身体を埋めた友春が呟いた。自分の家かと見紛う寛ぎぶりであるが、宗介も似たようなものだ。
その声に那緒が返事をする。
「そう? なんか意外だね、トモがそんなこと言うの」
「だって、ぼんやりしてたら一年が過ぎたってだけで、別に自分たちは何ひとつ特別なことしてないのにさ。世間が勝手にお祝いムードで騒いで、休みになったり、ボケッとお汁粉食ったりできるわけじゃん。ラッキーじゃね?」
「ああ……そういう……」
新年もブレない友春のニヒルな独自理論に、那緒は確かにね、と苦笑してみせた。
ソファの一番端で丸くなった宗介は、勝手にリモコンに手を伸ばし、ザッピングを始める。
「どこのチャンネルも似たようなもんじゃない?」
「クソつまんねー」
「あ、駅伝観ようよ、駅伝」
「それナオしか楽しくないから」
あるチャンネルでは、スタジオに集まった芸能人が様々なゲームに挑戦してチームの合計点を競うというような、いかにも正月特番らしく毒にも薬にもならないような企画が行われていた。
何やら活躍を見せたところだったらしく、一人の男性タレントが大写しになる。去年引退した元格闘家で、年末に衝撃告白と銘打ったカミングアウトで話題になった。
お茶の間に人気の男性司会者がコメントを挟む。
『さすが××さん、最近はオメガの星! なんて呼ばれたりしてますが、――』
瞬間、リビングの空気が僅かに固くなる。
誰かが何か言うより早く、画面と音声が切り替わった。
リモコンを握ったままの宗介を、那緒がちらりと横目で窺う。
目つきの悪い幼馴染は、氷柱の先端のような視線を真っ直ぐ画面へと向けていた。
無意識のうちに詰めていた息を、那緒は宗介に気づかれないよう、静かに静かに吐き出した。
バース性は別に隠すものではないが、でかでかと公表するようなものでもない。
しかし、話題性を求められる芸能人や著名人の中には、あえて自身のラベリングのひとつとして、それを利用するケースも一定数、ある。
例えば、儚げな美貌で守りたくなる女性を演じることの多い女優が、実はアルファです、とか。
頭脳明晰で容姿端麗、カリスマ経営者として業界で名を馳せているが、実は平凡なベータです、とか。
引退しタレント活動を始めた元格闘家が、実はオメガです、現役時代はこんな苦労が……とかだ。
時に古来性よりも強くアイデンティティを左右するバース性。
それを取り沙汰するのは下世話だと言う人間もいれば、普通に楽しめる人間もいる。
そこにあるのは差別や特別な問題意識ではなく、どんな話題にも多かれ少なかれ生じる、個人の感じ方の差だ。バース性自体は、決してアンタッチャブルなものではない。
だが宗介には地雷が埋まっている。
彼に対し相当ずけずけと物を言う友春でさえ、宗介の前でバース性の話題には触れない。
結局その後も好みの番組が見つからなかったらしい宗介が忌々しげにリモコンを放ると、すかさず那緒が手を伸ばした。
社会人駅伝の中継を映し始める液晶に、「こういうときだけ素早くなるんじゃねえよ」と、宗介の長い脚が那緒の背中を蹴り上げた。
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