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#2 十七歳
「トモ、宗ちゃん知らねえ?」
今しがた終わったばかりの数学の教科書を廊下のロッカーに仕舞い込んだ友春は、幼馴染の声に振り向いた。
眉の下がった困り顔でそこに立っていた那緒のネクタイが絶妙な角度で曲がっているが、指摘してやる優しさを友春は持ち合わせていない。
「知らないよ。また遅刻?」
「いや、朝はいたんだよ。さっきの授業始まるときに、あれ、いねえなって気づいたんだけど……」
那緒と宗介は同じクラスだ。
姿を消した宗介を探して、那緒が隣のクラスの友春を訪ねてくるのは、初めてのことではなかった。
「鞄はあるんだ。だから……どこに行ったのかな、って」
那緒の二重の目が泳いだのを、友春は見逃さない。
マスクの下で短く息を吐く。
舌打ちしなかっただけ、行儀の良さを褒めてほしいと思った。
「どこかは知らないけどさ。探したって無駄じゃない?」
自分で意識したよりも冷たい声が出た。
正面から向き合う那緒は、何か言いたげに口を開いたが、そこから言葉が発せられることはないまま。少し俯いて唇を噛んだ。
本当は那緒もわかっているという証拠だった。
宗介は、遅刻してくることはある。そのまま欠席することもある。
多くは登校途中で売られた喧嘩を買ってしまったケースだ。登校してしまえば、校内で宗介にふっかけてくる奴などいない。そして宗介は意味なく授業をサボる不良ではない。
だから、遅刻と欠席は時々するが、早退や中抜けはしない。
そんな宗介が姿を消すとき、考えられる理由はひとつだ。そしてその理由は、友春と那緒、二人だけが知っている。
「……大丈夫かな」
視線をうろうろと宙に彷徨わせながら、那緒が苦しげに呟く。
友春は半透明のガラス玉のような瞳で、自分より少し高い位置にある那緒の顔をひんやりと見つめた。
「さあ」
心配する気持ちはわかる。だが那緒を慰めたところで何にもならない。
慰めてやりたい相手は、自分たちの手の届く場所にはいてくれない。
「どのみち、俺たちにはどうしようもないよ」
友春はそれだけ言うと、廊下に那緒を残し、自分の教室へと戻ることにした。
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