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#2-3

放課後になっても宗介は戻って来なかったらしい。 那緒が宗介の鞄を持って現れたので、友春は何も聞かないうちにそれを察した。 「俺、部活あるから、頼む。宗ちゃんにはメールしといたから」 お前が部活だろうが何だろうが、これはいつも俺の役割だろう。そう言いたくなったのを、口にするのも面倒だからという理由でやめて、友春は黙って鞄を受け取る。 すぐに部活へ向かうかと思われた那緒だが、友春を前に立ち去る気配がない。 何かを言いたげなそのわかりやすい表情に、面倒ではあるが「何?」と促してやると、ようやく言葉を発した。 「……薬」 「え?」 「ちゃんと、合ったやつ飲んでるのかな、って思って。いつも適当なの飲んでるみたいだから」 主語がないのは那緒なりに配慮した結果なのだろう。宗介がオメガだということは、家族以外の誰も知らない。 クスリ。つまりヒートの抑制剤。 薬局に行けば様々な種類のものがあることは、ベータの友春でも知っている。 オメガのヒートは個人差が大きい。症状や重さ、頻度に至るまで人それぞれだ。 それに合わせて、抑制剤も数えきれないほどの種類が存在する。相性によっては全く効果を成さない場合もある。 友春は一年ほど前、殴られるのを覚悟で宗介に尋ねたことがあった。 抑制剤をどこで手に入れているのか、きちんと適切なものを服用しているのか。 専門のクリニックに行けば、相性の良いものを処方してくれるらしい。ヒートが辛いなら、そういうものを利用しても良いのではないか、と。 結果から言えば、殴られはしなかったが、ろくな答えも返ってこなかった。 どうやら家にあるものの中から適当に飲んでいるらしい。 宗介の家庭環境を顧みれば、確かに彼の家には複数の抑制剤のストックがあってもおかしくなかった。 おそらく何種類かは試したのだろうが、しっかりと自身に合った抑制剤を服用しているとは言い難いのが現実だろう。 その結論だけを那緒に伝えてやれば、やっぱり、と表情を曇らせた。 「……今日みたいなとき、居場所もわかんねえと、心配すぎるし。せめて保健室にいてくれたらいいのに」 「無理だろ。あいつ、学校にも隠してるんだから」 学校の保健室には抑制剤も常備されており、生徒が無料で使うことができる。 抑制剤の購入は、オメガにとっては馬鹿にならない経済的負担だ。 抑制剤が買えないオメガのレイプ被害が社会的に問題になったのが十年ほど前。 現在では、学校や一部の医療機関等では、無料で抑制剤の支給が行われている。 しかし、それを受けるにはオメガ性の証明が必要だ。 保健室だって、保健教諭に言って保管棚を開けてもらわなければ、抑制剤を手に入れることはできない。 宗介はオメガであることを隠していた。 普通は出来るはずのないことだ。 多くの子供はまだ五才かそこらでバース性の診断を受け、親が書類を記入して提出する。偽装はほとんど不可能だ。 宗介は就学時健診でバース性の発現が認められなかった。 それ自体はよくあることだ。一年おきに再度検診を受け、わかり次第で申請すれば良い。 しかし、ほとんどの子供が七才までには発現するのに対し、宗介がようやくオメガ性だと診断されたのは、満十才のときだった。 小学校四年生の宗介は、ただでさえ他の子供より聡明だったし、悪知恵も働いた。そしてオメガ性を嫌悪してもいて、自身の診断結果に絶望した。 そんな宗介が何をしたか。 自身で申請書類をベータと偽って記入し、そのまま提出した。 もちろん医療機関には正しい診断結果が残る。戸籍上の申請はオメガで通されている。 あくまで学校への自己申告だ。そして偽装は上手くいった。 学校側の資料上では、宗介はベータ。 保健教諭がオメガ用の抑制剤を宗介に渡すことはない。 根本的な問題として、オメガであることを隠し通したい宗介が、ヒートを起こした状態で保健室になど行くわけがなかった。 友春と那緒は、宗介がオメガだと知っている。 その事実にどれだけ苦しんできたか、今現在どれだけ孤独に耐え忍んでいるか、知っている。 だが、彼を助けられることは何もない。 宗介がそれを許さないからだ。物心ついた頃から共に過ごした二人にさえ、手を差し伸べられることを拒んだ。 「俺たちにできるのは、守ることと、待つことだけ。二人でそう決めただろ。ナオ」 諭すというより突きつけるように友春はそう告げる。 五年前のあの日に立てた、これは誓約だ、自分と那緒との。 息苦しそうに眉間に皺を寄せて、那緒は力無く頷いた。

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