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#2-4

長く伸び始めた影を、上履きのまま踏みつけて歩く。 ふらふらと昇降口まで辿り着いた宗介は、そこに見慣れたマスクの横顔を見つけた。 連なった傘立ての上に腰掛け、友春は俯いて手の中のスマートフォンを弄っていた。 「……ああ、お帰り」 宗介の存在に気づくと、ポケットにそれを突っ込んで、それから耳元へ手をやる。 よく見ると、今しがたスマートフォンを仕舞った場所から、黒いイヤホンのコードが伸びていた。二本の指を立てて器用にコードを巻き取る。 「鞄。また全部置いてっただろ。ケータイだけは持っといてって、何回言ったらわかるんだか」 傍らに投げ出されていた鞄のひとつを軽く持ち上げてみせる友春を横目に、宗介は靴を脱いで下駄箱へと向かった。 靴を履き替える余裕がなく、上履きのまま外へ出ていた。下駄箱に残されていたローファー。友春もこれを見越して、昇降口で待っていたのだろう。 「ナオがさ、宗介にメールしといたーとか言うから、鳴らしてみたら鞄の中でブーブー言ってんの。あいつほんと使えない」 上履きの底を気持ち程度にはたいてから、雑に下駄箱へ納め、もう片方の手は同時進行でローファーを取り出す。 ぽいと投げたそれに足を突っ込んで、友春が差し出すままに鞄を受け取った。 「あ、これ飲まない? 二本買ってたんだけど余しちゃった。貰って」 思い出したかのように追加で手渡される、ミネラルウォーターのペットボトル。まだ表面に残っている結露。 宗介は無言でそれを開け、一口飲み下ろした。砂を詰めたような喉に冷たさが染み込む。 「俺ちょっと腹減ってんだけどさ、宗介は? 今うち、正月の餅がめっちゃ余ってるんだけど、食べに来ない?」 昇降口の戸を自然な動線で友春が開ける。マスクで半分以上が覆い隠された表情は宗介からは読めないが、目はいつもと同じ、暮れかけた空のような色をしていた。 「……いや、いい。今日は家帰る」 軟水に潤ったばかりの喉でも、答えた声はがさついていた。久々に言語を発したような気さえする。 友春は気にかける風もなく「そ」と返して、さっさと先を歩き始めた。 「なあ、なんか餅の美味い食べ方知らない? てか美味くなくてもいいや、斬新なやつ。磯辺巻きも黄粉も飽きた」 一歩半遅れて宗介も校門へと歩を進めていく。餅なんか那緒の家でしか食わないっつうの。声にするのが何となく億劫でまた黙る。 無反応でも友春はやはり、気にも留めない。 いつもこうだった。 これが友春なりの気遣いで、詰ったり拒んだりする隙すら宗介には与えられない、巧妙な手口だ。 そしてここにはいない那緒も、その不在こそが彼なりのそれで、やはり宗介にはどうすることもできないのだ。 「へえ……蜂蜜とバターだって……これだな。これ今日やってみよう」 いつの間にか取り出したスマートフォンに視線を落としながら、友春は普段よりも幾分ゆったりした足取りで前を歩いていく。 「そこにシナモンシュガー? そんなもんないよ、家に。買って帰ろっかな」 スーパーは宗介の家のすぐ傍だ。幼馴染が鮮やかに自分を家まで送るための口実を固めていくのを、宗介は何も言わずに聞いていた。

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