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#3-2

円佳は宗介の末の妹だ。春から小学生になる。 実家と折り合いが悪く家出状態だったこともある宗介は、円佳が生まれてから、ほぼ毎日家に帰るようになった。 一回り近く離れた妹を幼稚園へ迎えに行き、食事を温めてやり、風呂に入れて寝かしつける。ここ三年ほどはそんな生活が続いていた。 幼稚園が休みの日には、円佳の行きたいところへ一緒に行ったし、こうして那緒の家へ連れて来ることもしばしばだ。 宗介にとって、実家に置いておくよりは連れ歩いた方が安心できた。 那緒の母が「娘が欲しかったのよぉ」と言ってちやほやと可愛がるのをいいことに、円佳だけを預けに来ることすらあった。 「円佳、今日は何持ってきたの?」 兎の絵が描かれた子供用のプラスチック製のコップ、これも那緒の母が円佳専用に買ってきたものだ、にオレンジジュースを注いでやりながら那緒が声をかける。 元来子供好きな那緒は、いつも円佳の遊び相手を買って出ていた。 冗談で友春が「ナオは実はロリコンで円佳ちゃんを狙ってる」と揶揄ったら、宗介が本気にしてキレたことがあった。 円佳は背負っていた黄色いリュックをよいしょ、と下ろし、中を探っていくつかのものを取り出す。 「これねえ、ナオくん、知ってる?」 「うん? 何これ。お菓子?」 「お菓子じゃないよ! とらんぷ!」 複雑な幾何学模様の描かれた、片手に収まるサイズの箱を、那緒は円佳から受け取る。 「円佳、トランプできるようになったのかぁ。凄いね」 「うん、あのねえ、しんけんすいちゃく」 「ん? 何て?」 同じ言葉をもう一度繰り返した円佳を、宗介が横から抱き寄せて膝の上に座らせる。 「昨日練習しただろ、円佳。神経衰弱」 「しんけんすーざく」 「言えてねえし、神経衰弱とババ抜きしかできねえんだ、こいつ」 円佳の手からトランプを取り上げ、箱から出したカードの束をごく自然な手つきで切り始める。 視線で熊くらい殺せそうな宗介の目は、円佳といる時だけ少し柔らかくなる。 「みんなでやろ、しんけんすいちゃく」 円佳の言うみんな、には友春も当然含まれていた。 神経衰弱嫌いなんだけど、と言えず遠回しに「ババ抜きにしない?」と言ってみたが、宗介は無視して五十三枚のカードを床にばら撒き始めた。 友春は思う。 宗介だって、あんな苛つくばかりで何の面白みもゲーム性もない神経衰弱なんて好きなわけがない。 何せ宗介は自分の軽く百倍は気が短いのだ。 そんな宗介が、妹の願いとあれば無条件に従い、ひたすらカードをひっくり返して一喜一憂するだけのゲームに興じるとは、天変地異の念すら感じる。 「じゃんけんで勝った人からね!」 いや、後の方が有利なんだから、負けた人からだろ普通。そんな大人気ない屁理屈も、この場を制する女王、狂犬を従えた六才児にはもはや言うだけ無駄であった。

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