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#4 初恋

那緒には時々見る夢がある。 それは実際の思い出のリフレインで、もう十年ほども前の出来事だ。 小学校低学年の頃、那緒はよく上級生に虐められていた。 小突かれたり、私物を取り上げられたり、使い走りのようなことをさせられたり。 トロくて泣き虫で身体も小さかった那緒は、彼らにとっては良い玩具だったのだろう。子供同士のよくある話である。 みどり幼稚園からずっとガキ大将を張っていて、同い年には敵がいない宗介に、那緒は腰巾着のようにくっついて歩いていた。 それも気に入らなかったのだろう。上級生のグループは、わざわざ宗介がいないところを見計らって、那緒を揶揄って遊んでいた。 あるとき、それが少しだけ行き過ぎて、那緒が頭部に怪我をした。 軽い擦り傷にすぎず、怪我の原因も那緒が勝手に転んだようなものだったが、だらだらと額から流れ落ちる血は、小学生を動転させるのには十分だった。 ぶつけた痛みとパニックで泣き喚く那緒を、上級生たちがおろおろと取り巻く中、宗介が現れた。 宗介は蹲って泣く那緒を一瞥すると、背負っていた黒いランドセルを下ろし、肩紐部分を握り締めて、重い本体部分で上級生に殴りかかった。 遠心力を利用してぶんぶん振り回されるランドセルに、もとから戦意喪失していた上級生たちは次々薙ぎ倒されていく。 あっという間の出来事だった。 那緒がぽかんと口を開けて宗介の立ち回りを見ているうちに、友春が駆け寄ってきて那緒を立たせた。 下校時間を過ぎて姿の見えない那緒を、二人で探してくれていたらしい。 昇降口前のロータリーには、那緒の代わりに、殴られた上級生たちの悲鳴と泣き声が響いている。 保健室まで引きずっていかれる間も、那緒はさっきまで泣いていたのも自分の流血も忘れて、暴れ回る宗介の姿を目を丸くして見つめていた。 が、那緒が夢に見る場面はここではない。

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