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#4-2

電話で母が呼ばれて、そのまま病院に連れて行かれることになった。 那緒は友春と一緒に保健室の椅子に座って待った。消毒された傷口がひりひりじくじくと痛い。泣き喚いて腫れた目もしぱしぱする。 その瞼の裏で、宗介のランドセルが黒い暴れ馬のようになって上級生たちをひっくり返していた。 母が到着するより少し早く、宗介が保健室に来た。 Tシャツがよれていて、髪もぐしゃぐしゃ。しかし泥のひとつもどこにもつけず、暴れ馬のランドセルをしっかりと背負い直している。 宗介は眉間に思いっきり皺を寄せ、当時から一睨みで周囲を黙らせてきた、その刃物のごとき眼光を那緒へと向けた。 そして何事か言おうと口を開き、息を吸い込んだところで。 那緒に出鼻を挫かれる。 「宗ちゃん、マルゴシ相手に武器は使っちゃダメだって、いつも言ってたじゃん」 泣いて鼻が詰まって、あどけない声が更に幼くなっている。 しかし口調はいつになくきっぱりしていて、宗介を糾弾するようですらあった。 「それに、相手が泣いたらそこで終わりだって言ってたのに、あの子たちが泣いてもまだ殴ってたでしょ。なんであんなことしたの?」 宗介は開きかけた口もそのままに、唖然として那緒のくりくりした目を見つめ返す。 隣で友春も似たような顔をしていることに那緒は気づいていない。 椅子にちょこんと腰掛けた那緒の小さな身体を、宗介は上から下まで二回眺めた。 額に貼られた大きな絆創膏と、自分とは反対にあちこち汚れた服。 宗介は大股で那緒に歩み寄る。 「て」 距離が詰まるのに比例して、自分を見つめる那緒の顔が上向きになる。 手が届く間合いに入るや否や、宗介は那緒のふくふくした紅い頬っぺたを、左右同時に思いっきり抓り上げた。 「テメーが血ィ出して泣いてるからだろーが!」 雷鳴のごとく絶叫し、那緒の尻が椅子から浮くほど容赦無く、その指先に力を込めた。 那緒が「いひゃい、いひゃい」と泣き出す。保健教諭が慌てて止めに入っても、宗介の手は那緒の頬から離れなかった。 ようやく解放されると、那緒は両頬を押さえて泣きながら「ごめんなしゃい」と言った。 泣いているところを助けてもらえたのに、今度はその宗介に泣かされている。自分が情けない――などということは思わずに、那緒はただただ頬の痛みと宗介の剣幕に泣いていた。 ぐずぐずと鼻水を垂らす那緒を、宗介は眉間に皺を寄せたまま、じっと見ていた。 段々その皺が浅くなり、への字に結ばれていた唇が緩む。 そしてついに耐えきれなくなったという様子で、宗介は小さく吹き出した。 「ほんとにテメーはバカだなっ」 声が揺れ、三白眼が細められる。上気した頬がきゅっと上がって、小さな唇の間から白い歯が覗く。 宗介のそんな笑顔は珍しいものだったので、那緒はやはりそのときも、頬の痛みなど一瞬で忘れて、目を丸くして見つめた。 那緒が宗介への恋を自覚したのは、それから四年も後の話である。 しかし、この日の宗介の笑った顔は、夢に見続けるほど鮮明に、那緒の目に焼き付いていた。

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