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#7-6
オメガのフェロモンにあてられたアルファの暴走か、那緒が秘めてきた宗介への恋心の奔流か、どちらでもあるしどちらでもないともいえた。とにかく那緒を支配したのは、二人にとって絶望的な、性の衝動であった。
視界が霞む。那緒の目には、汗ばみ始めた宗介の肌しか映らなくなる。
ジャージのファスナーはしっかりと襟元まで閉められているが、その下には絹のような肌が刺激を欲して火照っているはずだった。
想像して脳がくらくら煮えていく。長距離走のあとのように息があがるが、身体が求めているのは酸素ではない。
「宗ちゃん」
熱に浮かされきった声で那緒は呼んだ。その手が宗介の腹部へと伸びる。ジャージの裾から潜り込み、引き締まった腹筋を手のひら全体で覆うように撫でる。
宗介は目を見開いた。自分に向けられた那緒の熱に、そこでようやく気づいたらしかった。
身を捩ってもがくが、身体の操り方を忘れたかのような非力さで、自身に跨った那緒を押し戻すことは叶わない。
「やめろ、おい、触んな……クソ野郎……!」
やや上擦った声はいつもの勢いを失っている。那緒の手がジャージをたくし上げ、露わになった肌に這わされると、背を反らせて震えた。
「……っあ、……!」
唇から零れた声に、宗介は反射的な動きで口元を押さえる。息を詰め、那緒をきつく睨みつけた。那緒は宗介のその表情も好きだったし、今にも崩れそうに濡れたままの瞳は、余計に欲を煽りさえした。
薄暗い倉庫の中、宗介の顔や身体に自分の影がかかっているのが、那緒を倒錯的な気分にさせる。打ち明けることなく何年も抱え続けてきた恋慕が首をもたげた。
甘い匂いの中、自分はずっとこれを望んでいたんだと、夢のような光景に陶酔する。
「宗ちゃん、好きだよ」
唇から自然と言葉が零れた。手のひらの下の滑らかな肌がびくりと強張る。
宗介と視線が絡んだ瞬間、那緒の背に悪寒にも似たものが走っていく。
「大好き。ずっと好きだった」
これは突発的な欲の発散ではなくて、オメガとアルファだからでもなくて、一人の人として宗介に恋をしている。
宗介が想いを受け入れてくれさえすれば、これは恥ずべきところの何もない、恋人同士の行為になる。求めるままに貪ったって誰にも咎められはしない。
「だから……」
続く言葉が、懇願だったのかただの宣告だったのか。那緒自身にもわからないまま、それは音になることなく霧散した。
那緒の無防備な背中を襲った強い衝撃によって。
それは容赦のない一撃だった。宗介に跨っていた那緒の身体が斜め前方へ吹っ飛ぶほどの。
顔面から床へ着地し、その先にあった古い野球道具の山の中へ突っ込んだ。夥しい量の埃が舞い上がる。
軽いパニック状態に陥りながらも、那緒はどうにか身体を捻って振り向いた。
眩んだようになっていた目は、そこに立っていた人影にどうにか焦点を合わせる。
閉められてすらいなかった出入り口の引き戸。逆光を背負ったその人物は友春だった。
マスクに覆われ表情はわからないものの、瞳は永久凍土の冷たさをもって那緒を見据えている。
友春は何も言わずに倉庫内へと足を踏み入れ、仰向けに上体だけを起こした宗介を素通りして、那緒のもとへと歩み寄った。散乱したバットやミットを避けて屈むと、那緒の体操着の後ろ襟を掴む。
そのまま有無を言わさず、強い力で引き摺られた。
那緒の身体はあっという間に倉庫の外へと放り出され、仁王立ちになった友春が、ゴミでも見るような目でその姿を見下ろしていた。
「俺、お前と『宗介を守ろう』って約束したけど」
マスクの下から、いやに平淡な声が発せられる。込められている感情が、とっさに那緒には読み取れない。
ぽかんと口を開け、間抜け面を晒す那緒に向け、友春は吐き捨てる。
「お前からも守るって決めてんだよ。クソアルファのポンコツ野郎」
錆びた引き戸が、呻くような音をたてて内側から閉められた。
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