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#8-3

放心状態で浅い呼吸を繰り返す宗介の短い髪を梳いてやる。ぼんやりと蕩けかけた目が見上げてくるが、後ろに埋めたままの指をゆるく突き入れた途端に、そこには再び拒絶が滲んだ。 「やだ……も、やだ……っ」 「二回出したくらいで治まるの? 無理でしょ? よく知らないけどさあ」 「いやだ……」 首を横に振る仕草は、絶頂を経て幼児退行でも起こしてしまったのかと思うほど幼気なものだった。再び歯を食いしばってしまう宗介に、友春はあやすように言葉をかける。 「大丈夫だよ、宗介。ここで気持ちよくなるのは、ぜんぜん変なことじゃない。恥ずかしいことじゃない」 だから何も考えず、与えられるものを素直に受け取っていればいい。それで楽になれるんだから。相手は俺だ、お前を抱きたいなんて思わないし、具合悪いのを介抱するのと同じだ。 「このくらいなんてことない。普通だよ。大丈夫だよ、宗介」 気にすることなんて何もない。お前におかしい部分なんてひとつもない。そう伝えたくて頬を寄せる。 友春のひんやりとした頬には、宗介の火照った肌が心地よかった。 宗介にとっても同じだったようで、はくはくと浅い呼吸をしながら、片方の手がこわごわ友春の背に回された。 友春に宗介への恋愛感情はない。それでも、受け入れられるかのようなその触れ方には何とも言い難い感情が生まれた。 懐かない猫にすり寄られたみたいな気分、と友春は思う。 ベータの友春には宗介のフェロモンがわからないが、こうしている間にも上がるばかりの体温は伝わる。宥めるつもりで片手では宗介の頭や背を撫でてやりつつ、指を締めつける後孔をゆるゆると暴いていく。 友春の肩口にうずめられた宗介の顔。目元の当たっている辺りにじんわりと水気が染み込んでくるのに、友春は気づかない振りをしてやった。 「ぁ、っう……んあ、友春、……ッ」 切れ切れに濡れた息を漏らす唇から自分の名前が紡がれると、そんな気はなくとも、ちょっとクるな。 絶対に口には出せないことを思いながら、がくがく震える宗介の肩を抱きしめた。 昼休みに入るのを見計らって教室へ戻り、友春は財布を持ってひっそりと学校を抜け出した。 向かう先は最寄りのドラッグストア。奥にあるヒート抑制剤の棚から四種類ほどを見繕う。 足早に例の倉庫へ戻ると、宗介は奥の古びたマットの上でまだ眠っていた。胎児のように身体を丸め、目元や頬には涙のあとが幾筋か残っている。 黴臭さに顔をしかめながらも傍らに腰を下ろすと、友春は幼馴染をそっと揺り起こした。 「クスリ、買ってきたから飲みな。よくわかんなかったけど……飲まないよりマシだろ」 気怠げに目を開け、のそりと起きあがった宗介は、差し出されたビニール袋を受け取り中を覗く。いくつかの小箱とペットボトル。取り出してぼんやりとパッケージを眺める。 何度か欲を吐き出して、一旦は落ち着いた宗介のヒートだが、抑制剤を飲まないうちは熱がぶり返さないとも限らない。 「この金はあとで請求するから。気にしないで飲め」 「……おう」 短くそれだけ答えて、宗介は小箱のひとつを開封しにかかった。淡いオレンジ色の錠剤を二錠。常温の水で喉の奥へ流し込む。 友春は大きく長い息を吐くと、財布のついでに隠し持ってきた煙草を取り出した。宗介に断りもせずに一本咥えると百円ライターで火を点ける。 狭く息苦しい倉庫の中が一層烟った。 宗介にはそれが、現在進行形で感じている居心地の悪さを可視化したように思えて、どうにも落ち着かない。ミネラルウォーターをもう一口。 何度か大きく煙を吐き出したあとで、友春はスラックスのポケットからスマートフォンを引っ張り出す。 手早く操作し、あるアプリの画面を表示させると、宗介に無言で手渡した。 「なんだよ」 「それ俺」 「あ?」 薄暗い空間では些か眩しすぎる液晶画面。宗介は少し目を眇める。 左上には丸くトリミングされた一枚の写真があった。 白いTシャツに黒いパンツを身につけた男で、首から下と腰あたりまでが写っている。Tシャツの裾は捲り上げられ、薄っぺらい腹と胸元が露わになっていた。 その下には文字の羅列。ネコだとかセーフだとか、宗介にはわからない言語で書かれたプロフィールらしきもの。 唯一解読できたのはβと♂の記号、一七四、これは身長だろうか。それなら次の五九は体重? そのあとは不明だ。二〇。 「……これ、どういう意味」 「女としか子作りできないベータのくせに、男に突っ込まれてあんあん言わされたいです、って書いてる」 友春は正面を向いたまま、つまらない小説のあらすじでも説明するかのような声音で答えた。 宗介は耳を疑う。思わず写真を凝視した。本当に友春なのだろうか、わからない。何せ顔が写っていないし、だが背格好は確かに通じるものがあった。 は、と笑い声にも満たない短い音と共に、友春の唇から零れた白い煙の塊がぷかりと宙に浮かんだ。 「まあ、出会い系だよ。そういうマイノリティのための。俺はこれでひっかけた男とセックスしてんの。わかった?」 だからさっきのは気にするな、と言わんばかりの口調だが、宗介にとっては受けた告白の衝撃の方が強かった。 珍しいほどに目を丸くして、口も何か言おうとして開いたままフリーズした。横目でその表情をちらりと見遣った友春は、 「内緒だよ。誰にも言うなよ」 そう低く告げて自嘲気味に笑った。

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