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#8-4

休み時間に隣の教室を覗こうとすると、廊下の反対側からやってくる友春の姿を見つけた。今ようやく戻ってきたらしい。那緒はのろのろとその前へ足を進めた。 うなだれた姿勢のまま、友春と恐る恐る目を合わせる。向けられる冷ややかな視線にぐっと息を詰まらせながらも、 「すみませんでした……」 処罰を待つ罪人の如き低い声で言いながら、仰々しいほど深く頭を下げた。 友春は那緒のつむじを見下ろしつつ、鼻を鳴らす。 「絶対いつかやると思ってたよ」 「返す言葉もございません……」 「謝る相手、俺じゃないだろ」 「はい……わかってます……」 「俺には謝罪じゃなくて感謝して欲しい」 「はい……ありがとうございました……」 友春がいなければ、取り返しのつかないことをしていた。心からそう思って那緒はさらに頭を低くする。今まで以上に友春には逆らえなくなりそうだ。 「目立つからやめて」という言葉に、那緒はようやく顔を上げた。 宗ちゃんは、と尋ねると「帰った」と簡潔な返事。 「お前、とりあえず三日は接触禁止ね。それ以降はあいつ次第で」 「……わかった」 力なく答えながら、那緒はここにはいない幼馴染に思いを馳せる。 宗介は口を利いてくれるだろうか。怒っていることは間違いない。きっと酷い屈辱だと感じているだろう。傷ついてもいるかもしれない。 自分がしでかしてしまったことの大きさを思うと苦しくなる。 友春に蹴られた背中や、がらくたの山に突っ込んだ身体のあちこちが鈍く痛むが、宗介の苦痛はたぶん、こんなものじゃない。 「許してくれるかなあ……」 独りごちるように呟くと、友春はどうでもよさそうに「さあ」と返した。 「ていうかさ、お前、好きって言っちゃってたよね?」 続いた友春の言葉に、那緒はぐっと呻く。やっぱり聞かれていたのか……と思ったのも束の間、那緒にとってさらに衝撃的な内容を友春は口にした。 「レイプ未遂の勢いで告白とか、ほんっとバカだよね。せっかくここまで何年も黙っててやったのにさ、こっちの身にもなれって感じ」 「……え、待って、トモ……知って……?」 「見てりゃわかるに決まってんじゃん。あいつじゃあるまいし」 その口ぶりだと、宗介にはバレていなかったということで良いのだろうか。しかし自分では完全に隠していたつもりだったので、那緒は少なからず動揺した。宗介への気持ちを、友春に気づかれていたとは。 「俺のいないとこで過ち犯されたら困るからさ、ナオんち泊まりにいくのやめろって俺、言ったんだよ。何十回も」 「えっ」 「なのにあいつ聞かないからさあ……ナオママにも、変なことになんないように見張っといてね、って言ってある」 「……マジか……」 母親にまでそんな根回しをされていたとは。那緒は恥ずかしすぎて脳天から何かが飛び出しそうな気分になる。 「ま、ちゃんと自衛してないあいつも悪い。そこは説教しといた。あとはお前らでハナシして」 宗介に説教。凄い響きだ。那緒は友春の恐ろしさを改めて感じながら、肩を落として頷いた。 宗介のフェロモンを間近で感じた瞬間のことを思い出すとぞっとする。 自分で自分を制御できない、抗いようのない欲求。アルファの本能、などという言葉で飲み込むには、あまりに暴力的な衝動だった。 それを大切な相手にぶつけてしまった事実。 後悔と自己嫌悪で、いっそ首を吊りたい。 しかし宗介はともかく、友春がそれを許さないだろう。 宗介に何を以ってしてでも詫びなければならない。たとえ許されることがなくても、だ。 那緒は胸に誓いつつ、うまく力の入らない拳を無理矢理握った。

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