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#9-2
取り立てて何の特徴もない、白い無地のTシャツに薄手の黒いジャケット、濃い色のジーンズ。
客の出入りの忙しない夕刻のカフェで、友春は男を待っていた。
マスクをしたまま、視線はずっと手元のスマートフォンに落とされており、上げられることはない。一杯二三〇円のコーヒーはほとんど減らずにすっかり冷めている。
約束の時間を十分ほど回って、傍らに誰かが立った。気づいたが友春は何の反応も見せない。やがてその知らない男の口から、知らない声が発せられた。
「……“ハル”くん?」
そこでやっと友春は顔を上げる。
仕事帰りだと聞いていた通り、よれたスーツ姿の長身の男。数日前に向こうからメッセージが送られてきて、今日初めて会う相手だった。
「シュウジです。ごめんね、待たせて」
いかにも人好きのしそうな笑顔で謝罪を口にしたその男は、プロフィールの記述を信じるならば三十歳、営業職、男性に性愛を抱くベータ。友春との違いは抱きたいか抱かれたいかの一点だ。
「走ったんだけど、電車、目の前で一本逃しちゃってさ」
「うん。大丈夫」
自然な所作で向かいの椅子に腰を下ろし、少し汗ばんでセットの乱れた髪を掻きあげる。友春は頷きながら、マスクを引き下ろし微笑んでみせた。
シュウジは事前に貰っていた写真と大した落差のない、精悍な顔つきだった。引き締まった胸板がスーツ越しにもわかる。見た目は悪くない。
二言三言交わしたところで、友春は作り笑顔を張り付けたまま立ち上がる。繁華街から少し外れた店を選んではいるが、知り合いに見られでもしたら面倒だから早めに場所を変えたい。
冷めたコーヒーカップを返却口まで持っていき、友春はシュウジと共に店を出た。シュウジは軽く頭ひとつ分、友春より背が高かった。
「ハルくんってさ、未成年でしょ?」
あまり高級とはいえないホテルの一室に入ってから、シュウジはそう言ってきた。友春は肩を竦めてあっさり答える。
「そうだよ。やめとく?」
「まさか。ラッキーって感じ。大歓迎」
にやにや笑いながら腰を抱き寄せられる。友春は内心で溜め息をついた。ああこのタイプか、と思って気分がやや萎えた。
アプリ内のプロフィールは二十歳としている。そもそも成人向けのサービスだ。
会ってから未成年だとバレることは時々あったし、コーヒー代だけ出して帰されたこともあれば、逆に酒を飲ませようとしてきた輩もいた。まんまと酔わされたふりをして手酷く扱われたのはそれなりに楽しかった。
特別何も言わずに行為を終えた相手の中には、気づいていながら触れなかった者も多いだろう。
友春が一番好むのはそのタイプで、一番萎えるのがシュウジのような反応だった。
とはいえ、それを顔に出してもあまり良いことは無いので、首に腕を回して応えてやる。
「若いのが好きなの?」
「若くてエロくてマゾな子が好き」
「俺じゃん」
「だから会えるの楽しみにしてた」
軽口を叩きつつ、さっさと事を進めるべく、友春は相手のシャツのボタンを外しにかかった。
ジャケットを脱いだだけで、まだネクタイも締められたままだ。その結び目に相手自身の指が差し込まれて、緩められたそこから浅黒い肌が露わになる。
対抗するようにシュウジの手が友春のシャツの背をたくし上げた。肩甲骨の内側に指が触れ、ぞわりと痺れが走る。耳元に唇を寄せられ、吐息が当たるだけで腰が震えそうになるのを、相手の肌に手を滑らせて誤魔化した。
「ハルくん、喋ると写真よりいいね。クソガキって感じで可愛い。ぐっちゃぐちゃにしたくなる」
「……嘘。まだ猫被ってるんだけど」
「ははは。滲み出てるよ、クソガキ臭」
シュウジは笑いながら身を屈め、友春の首筋に歯を立てた。
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