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#9-5
シャワーを浴びて戻ってきたシュウジがベッドに腰を下ろす。裸のままシーツにくるまってぼんやりしていた友春の傍らに。
「寝煙草、危ないよ」
そう言って、友春のくわえていた紙筒をひょいと取り去ってしまった。
残った白い煙だけを細く吐き出す唇に、軽く自身のそれを合わせる。それから煙草の続きを勝手に吸い始めたので、友春は眉根を寄せた。
「返して」
「新しいの買って返すよ」
猫でもあやすような手つきで友春の髪や頬を撫でながら、シュウジはベッドサイドの灰皿に灰を落としていく。
「未成年じゃ買えないでしょ。いつもどうしてんの?」
「別に……どうにでもなるよ」
自分もシャワーを浴びようと、友春はベッドから這い出る。裸足で床に降りた瞬間、体内に残ったローションがどろりと流れ出し、鳥肌が立った。
シャワールームから出るとチェックアウトの時刻が近づいていたので、ゆるゆると襲う眠気に耐えつつ、緩慢な動作で衣服を身につけていく。
すでに身支度を整えていたシュウジは、ペットボトルのミネラルウォーターを飲みながら、その様子を舐めるような視線で見つめていた。
ホテルを出、少し歩いたところでコンビニに入る。狭いイートインスペースの椅子で待っているよう告げられ、友春は素直に頷いた。
煙草を買っているだけにしては遅い、と友春が怪訝に思ったあたりでシュウジは戻ってきた。ずいぶん大きい、おそらくコンビニで使用される中では最大サイズであろうビニール袋を手にしている。
「はい」
「……何これ」
受け取って中を見ると、大袋のスナック菓子の類がいくつも詰め込まれていた。
がさがさ言わせながら探ってみると、それらに埋もれるようにして、袋の奥にマルボロソフトがカートンで一個。
友春はシュウジを見上げた。薄っすら日焼けした顔は上機嫌に微笑んでいる。
「それがなくなる頃、また会ってよ」
スナック菓子ではなく、もちろん煙草のことだろう。友春は再度袋の中身を見下ろし、何と答えるべきか(彼にしては珍しく)悩んだ。
「お菓子とか食べないんだけど」
「はは。だってハルくんのバッグにカートン入らないじゃん。親御さんに見つかったら困るでしょ?」
「余計なお世話……」
呟く声はシュウジの耳に届いただろうが、聞こえないふりをして大人はにこにこと笑っていた。
コンビニを出たところで別れてから、友春はポケットに雑に突っ込んであったマスクを取り出し、手早く装着する。
時計は八時を回っていた。母親はもう帰っている頃だろう。
年齢を誤魔化して年上の男と性行為を重ねたところで、結局自分は家に帰れば母親の用意した食事を摂るのだ。両親の庇護のもと生活をしている、ただの子供だ。
そんなようなことをつらつら考えてしまうから、友春はこのときが嫌いだった。男と別れて家路につくときが。
右手に提げた、パンパンに膨らんだコンビニ袋が、歩くたびにがさがさと煩くて仕方ない。怠さの残る足を数歩踏み出したとき、
「トモハルくん」
自分の名前――ハンドルネームではない本名、を呼ぶ声が背に掛けられ、友春は動きを止めた。
その声は馴染みのあるものとよく似ていたが、あの凶暴な幼馴染には天地がひっくり返っても呼ばれることのない呼び方だ。
マスクの下に警戒を宿して、友春がゆっくりと後ろを振り向くと、数週間前に一度見たきりの、しかし記憶にはしっかりとこびりついている顔。
鬼塚光希が、幼気ともいえるような笑みを湛えてそこに立っていた。
「あ、やっぱりトモハルくんだ。俺のこと覚えてる?」
やけに明るく言いながら距離を縮めてくる光希に、友春は肩越しに牽制の視線を送る。
「……宗介の弟」
「えー、名前覚えてないの? ヒドくない?」
「……光希だろ。それ以上近寄んな」
冷たく言い放つと、光希は眉を下げて困ったように笑った。
「ヒドいなあ。昔は一緒に遊んでくれたじゃん」
「何年前の話してんだよ。お前とは関わりたくないの、俺」
「なんで。俺、トモハルくんと仲良くしたい」
「嫌だね」
拒絶の空気を全面に発する友春に構わず、光希は愛想の良い笑顔のままさらに距離を詰める。後ずさるのも癪な気がして友春はその場にじっとしていた。
弧を描いた、友春には胡散臭いという印象しか与えないその唇が、
「ねえ。さっき一緒にいた人、誰?」
平淡な響きを紡ぐ。
温度を失っていく目を細めた友春に、光希はわざとらしく小首を傾げた。
「仲良くしようよ。トモハルくん」
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