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#10-3

みるみるうちに吊り上がる宗介の眦に、那緒は身の危険を感じてとっさに口を開いた。 「お、俺じゃないよ、俺が盗るわけないだろ!?」 あらぬ誤解を受ける前に先手を打つ。しかしそれで宗介の気が晴れるはずは毛頭なく、「じゃあ誰だよ。ブッ殺してやる」とドスの利いた声で唸った。 「……ッ、言えない」 「ああ!?」 「そっ、そいつ、宗ちゃんのストーカーで!」 怒気に満ちた声に身を竦めながらも、早口に那緒は言う。 「宗ちゃんのこと……好きなんだって」 「だから何だよ!?」 「だから、言わないでくれって。宗ちゃんに嫌われるのが何より怖いから、って」 その言葉に一瞬、宗介が絶句したのがわかった。那緒ははっとして、急いで首を横に振る。 「違うよ、俺、そいつに同情したとかじゃないよ。クスリ盗んだのは許せないし」 ただ、と続ける。宗介は見るからに胸中で怒りを燃え上がらせながらも、黙ってその先を待っていた。那緒は努めてゆっくり息を吸う。 「宗ちゃんがオメガだってこと、誰かにバラしたら……俺も宗ちゃんに言う、って言ったんだ」 那緒にとって、宗介を蔑ろにする選択など有り得ない。だからこそ交わした大隈との取り決めを思い返しながら、慎重に言葉を重ねていく。 「宗ちゃん、バラされるのが一番嫌だろ。なら、あっちの一番嫌なことを交換条件にするのが確実だろ」 宗介が事の顛末を知れば、何を置いても相手を半殺しにしたがるであろうことは目に見えていた。 大隈の過激な好意が逆恨みと化してしまえば、宗介にどんな不利益があるか知れない。何せこちらは秘密を知られてしまっているのだ。 那緒なりに考え抜いた結論。その意図は聡い宗介にもすぐに伝わったらしかった。 怒りに目を吊り上げたまま、宗介は開いた唇をわななかせる。 「弱み握られて引き下がれってか」 「っ、そうじゃないよ! でも」 「そうだろうが! しゃしゃりやがって、クソがっ」 宗介は一気に火柱を上げるかのごとく立ち上がった。 ゴミをまとめたコンビニ袋を那緒に投げつけると、すぐに背を向け、肩をいからせて階段を降り始める。那緒は慌ててその背に声を投げつけた。 「宗ちゃん、俺、宗ちゃんのこと守りたいんだよ!」 階段の途中で宗介の足が止まる。舌打ちしながら振り向いた宗介が何か言うより早く、那緒は焦りのままに続けた。 「こないだはあんなことしちゃったけど、許してもらえないかもしれない けどっ、でも……」 「許すとか許さないとかじゃねえ。朝も言っただろ。俺も忘れる。テメーも忘れろ」 返ってくる言葉は、やはり頑なに同じ答えだ。それにも那緒は「……嫌だ」と言って首を横に振った。 「嫌だ。俺、宗ちゃんが好きだ」 なかったことになんかできない。好きだから、守りたいのに。いろいろなことが那緒の頭の中でぐちゃぐちゃに混ざってゆく。 それに対して宗介はやはり、怒っていても那緒よりずっと冷静だった。 「いいか。俺は誰ともどうこうなる気はねえ。テメーともだ。二度とあんな醜態は晒さねえ」 明瞭な言葉には強い芯があった。宗介をずっと生かしている、信念にも似た意志。 那緒はそれを理解してはいても、強情だと感じてしまう。 「あんなことくらいで、俺は何も変わらねえ」 曲がることのない宣言を、宗介は自分に言い聞かせるかのように口にした。そして那緒を改めて見上げる。 「……俺は。テメーとは、このままがいい」 少し低めた声でそれだけを言い置き、宗介は今度こそその場をあとにした。 残された那緒だけがそこに立ち尽くす。

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