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#10-5
「ねえ。どこ行くのってば」
「うっさいな、図書室だよ」
静かな場所であれば光希も黙らざるを得ないはずだ。友春から見た光希は、昔から子供らしからぬほど空気を読みすぎて気持ち悪い奴だった。数年会わないうちに「あえて空気を読まない」という不要なスキルまで身につけたらしいが。
辿り着いた図書室は、図書委員の他には二人ほど生徒の姿があるだけだった。
中へ一歩踏み込んだ途端、思惑通りに光希が口を噤んだので少しばかり気分が良くなる。それでも後ろをくっついてくるのはやめなかったので、友春は当たり障りのない文芸書の棚を目指した。
以前は図書室にも市立図書館にも頻繁に通っていたが、最近はあまり読書に耽る気分にもならず足が遠のいていた。いつ頃からだったか、と思いを巡らせてみれば、例のアプリを使い始めた頃からである、という結論に達した。
書棚にぎっしりと並んだ背表紙の列をぼんやりと追いながら、友春は妙に退廃した気分になる。
セックスをすると脳細胞が増えるだとか活性化するだとかいう学説があるが、本当だろうか。本当ならば活性化した自分の脳細胞は、なぜ書籍を求めないのだろうか。
「友春くんって本読むの?」
思考の海に浮き輪で漂っているような感覚でそんなことを思っていたら、光希がひそひそと話しかけてきた。
「どんなのが好きなの、おすすめ教えて」
「ドグラ・マグラでも読んでれば」
「面白いの?」
「面白いよ、お前にぴったり」
どれ、どこ、と書棚をうろついて探し始める。要らないところで素直だ。友春は光希を放って贔屓の作家の作品を手に取った。
ドグラ・マグラが見つからなかったのだろう、それとも飽きたか。光希はやがて友春の隣に寄り添うように並んで立った。
距離を開ければ同じ分だけ詰めてくる。
「ねえ、友春くんってさ」
密やかな声が悪戯っぽい響きを帯びた。近くに他の生徒の影はない。背の高い書棚で遮られた、どこか閉塞的な空間。
「いつもああいうことしてるの」
囁かれた言葉に、来た、と友春は思った。
コンビニの前で光希に呼び止められたのは数日前。そのことには一切触れてこないことが逆に不審極まりなかった。
だから友春は、たっぷり数秒間の間をおいてから、最大級の嘲りを込めて「ハッ」と鼻で笑う。
「ああいうって何。見てもいないくせに」
「ホテル出てくるとこから見てた」
「ガキがホテル街に何の用だよ」
「じゃあ友春くんは大人なの?」
そこで初めて友春は、隣に立つ光希の顔をまともに見た。
横目でじっと友春の様子を窺っている、その小綺麗に整った顔。いかにも優等生然としてあざとく微笑んでいる。小賢しい、の一言だ。友春はついに舌打ちをした。
光希は独り言のように続ける。
「あんまり冷たいと、宗介に言ってやる」
「……は? 宗介?」
突然出てきた名前に、思わず友春は困惑を露わにした。言いふらす、とかではなく、ピンポイントで宗介。自分も犬猿の仲のくせに。光希の意図がわからない。
「いいよ、別に。あいつ知ってるし」
「え。そうなの? なーんだ、つまんな……じゃナオくんは?」
「あいつは知らないけど、言いたきゃ言えば。どうでもいい、心の底から」
馬鹿らしい、とマスクの下で呟きながら書棚に意識を戻した。光希は「ふーん」と長く息を漏らしてから、
「……小学校の頃のことも?」
静かに、しかし切り札を差し出すように、そう口にした。友春の視線が一点で止まる。
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