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#11-7

「水族館?」 那緒が復唱し、友春が釣られたように顔を上げる。 宗介は手にしたスマートフォンの画面を二人に向けた。県を跨いだ隣市にある、近隣では一番大規模な水族館、そのホームページのトップが表示されている。 「去年行ったとこ、ショボかったろ。あれでも喜んでたけどよ」 「確かに。あそこはショボい」 「ふれあいコーナーにヒトデしかいないよね」 友春がスマートフォンを受け取り、勝手に画面をスクロールしていく。那緒が横からそれを覗き込んだ。その様子を前に、宗介はプラスチックのカップを持ち上げてストローに口をつける。 テーブルの上には那緒の立べかけのハンバーガーと、Lサイズのポテト、散乱する参考書。 ファストフード店にて、テスト前恒例の勉強会の最中だった。 三人で一緒に勉強するというものではなく、主に那緒のための時間となっている。そのため会計は那緒持ち。奢りのコーラを飲みながら宗介は言う。 「どうせ遠出になるんなら、デカいとこ連れて行きてえんだよ。付き合え」 テストが終わればすぐに夏休みだ。円佳もほぼ同じ。那緒と友春との予定が合う平日に、宗介は円佳を水族館へ連れて行くつもりだった。 友春が宗介にスマートフォンを返しつつ、マスクをずらしてポテトをつまむ。 「付き合うのはいいけどさ、宗介と二人の方が円佳ちゃん、喜ぶんじゃないの?」 「あいつは賑やかな方がいいんだよ。ナオで遊ぶの好きだし」 「俺と、ね? 俺で、じゃなくてね?」 那緒もペンを置き、半分ほど残していたハンバーガーをもぐもぐ頬張り始める。横からはみ出たケチャップが頬に付着したのに気づいていないアホ面を、宗介は指摘せずに眺めた。 「七才かー……あんなチビっこかったのに」 「クラスで一番背ぇ高いんだとよ」 「マジか。宗介は結構ちっちゃかったよね」 「一番強くてコワかったけどね」 当時クラスで一番の泣き虫だった那緒がへらへら笑って言う。それから妙に感慨深げな顔になって目を細めると、 「そっかあ……円佳、誕生日かあ」 しみじみとそう呟いた。ケチャップをつけたまま。 三時間ほどファストフード店に居座ったのち解散した。宗介は軽やかとは言い難い足取りで家路につく。 できることなら家に帰りたくない気持ちに、ここ最近は拍車がかかっている。理由は明白だった。 エレベーターに乗る瞬間は、最も気が重くなる。九階のボタンを押すのが心底嫌だった。自分の入る檻を自分で用意しているみたいだ。 宗介が自宅のドアを開けると、待ち構えていたかのように奥から葉山が現れた。実際待っていたのだろう。宗介さん、と呼びながら足早に寄ってくるその姿を睨みつけながらも、宗介は今日は踵を返さない。 「お帰りなさい……旦那様がお待ちです」 「待ってんじゃねーよクソって伝えとけ」 すでに何度目かになるやりとりに、葉山が肩を竦めた。宗介は脱いだローファーをわざわざ屈み直して揃え(悪あがきの時間稼ぎだ。普段は足で雑に揃えるだけ)、殊更ゆっくり立ち上がる。 「こっちはこれ以上話すことなんざねえんだよ」 「そう仰らないでください。旦那様も宗介さんを思ってのことです」 「どこが俺のためだよ。俺はあいつの犬になる気はねえんだ、テメーや光希と違ってよぉ」 刺々しく吐き捨てる宗介の言葉に、葉山はぐっと表情を引き結んだ。正面から向かい合って並ぶと、身長は葉山の方が拳ひとつぶんほど高い。宗介にとってはそれも気に入らない。 葉山の瞳は酷く無機質な色に見えた。宗介の嫌いなにおいも相変わらずだ。葉山が口を開くとそれが濃くなったような気がした。 「今日は新しいお話もあるそうです。聞かれた方が宗介さんのためかと、私も思いますが」 「……どういう意味だ」 葉山は答えず、立ちはだかるようにしていた身体を少し横へずらした。廊下の向こうを手で示す。父に直接聞け、という返答が言葉ではなく動作で為され、宗介の苛立ちが募る。 「クソが」 大きく鋭い舌打ちをして、宗介は葉山によって用意されていたスリッパを踏みつけ、靴下のまま廊下を進みだした。 いつかと同じ、父の書斎兼寝室。普段はろくに使われていないその部屋を目指す。 葉山がすぐ後ろをぴったりとついてきた。檻に向かう囚人を、逃がすまいとする看守のように。

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