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#12-4
「ねえ那緒、どっちがいいと思う?」
そう言う母の右手にはレモン色のブラウス、左手にはブルーグレーのワンピース。交互に身頃にあてがいながら、困りきった表情で那緒を見ている。
どちらも那緒にはあまり見覚えのないものだった。ワンピースの方は、そういえば先月、夏物買っちゃった!とはしゃいで披露された気がしないでもない。しかしブラウスの方は、ひょっとして新しく買ったのだろうか。このために。
那緒は溜め息をついた、あまり隠そうともせず。
「父さんならどっちでも可愛いって言ってくれるよ」
「それはわかってるんだけどっ! もうっ、そうじゃないのよ!」
母、理緒が首を横にふるふる振ると、今日カラーリングしてきたらしい、僅かに明るさを増した栗色の髪が肩の上で揺れた。
海外生活をしている那緒の父が帰国するのは年に数回だ。
前回は年末だったから、半年以上も間が空いたことになる。三月に一度帰ってくる予定だったのが、仕事の都合で延期になった。そこからなかなかスケジュールが合わせられず、ついに夏になってしまったらしい。
「えーと、じゃあ、黄色の方、かなあ……」
「やっぱり!? 実は私もこっちかなって思ってたんだけど、那緒も言うなら間違いないわ!」
母はくるりと踵を返すと、二枚の洋服をひらめかせながら踊るような足取りでリビングを出ていった。那緒にとっては心底どちらでもいい二択問題だったが、どうやら正解できたらしいことに内心ほっとする。
彼女のもともとの性格に、普段は離れて暮らしているという関係性も相俟って、父が帰ってくるたび母はうきうきと支度を整えるのだ。
初デートに臨む思春期の少女のような表情で、服装から髪から、ダイニングテーブルの花瓶の中身、お帰りなさいのディナーまで。
毎回準備に付き合わされる那緒としては、正直面倒この上ないが、両親が仲睦まじいのを喜ばしいとは思っていた。
夫婦や家庭の円満は、どこにでもある幸せ、ではない。那緒はそれを苦しいほどに思い知っている。
宗介は言わずもがな、友春もあまり家族の話はしない。代わりにナオママ可愛い、と事あるごとに言う。こういう感じの年上の女性が好きなのだろうかと那緒は密かに(的外れに)思っている。
父の帰宅は明日だ。昼過ぎには到着し、夫婦揃って那緒が学校から帰るのを待っていることだろう。
慣れ親しんだリビングに二人が並んだ様を想像して、那緒は、ほんの少しだけ心に影がさすのを感じる。
ぼんやりと輪郭のない、薄っすらとした影に覆われ、幸せな家族の画の彩度が失われていく――そんなイメージは、スリッパのぱたぱたいう足音と、
「ねえねえ那緒、スカートは? どっちがいいと思う?」
母の声にあっさりかき消された。
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