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#13-3
「今はバース性検査のやり方が変わって、ほとんど間違いがなくなったんだけどね。昔は時々あったのよ。検査の結果が違っていた、っていうことが」
そのことは那緒も学校で習ったことがあった。小児期に受けた検査の結果とは異なるバース性の特性が、思春期以降に発現するケース。
当時は「バース性は変わることがある」というのが通説だったそうだが、実際にはアルファやオメガの身体的特徴がまだ表れていない子供をベータと診断していたのが原因だったということだ。
「パパはずっと、自分はベータだと思って生きてきたんだ。たまたまオメガの特性も薄かったみたいで……二十歳を過ぎるまで、ヒートもなかった。ママと付き合い始めたときも、ベータ同士のカップルとして、最初から結婚を考えてた」
那緒は両親の話をどこか非現実的な思いで聞きながら、一方では水を浴びせたように冷静な頭の部分で、自身の年齢を用いて逆算してみる。父が自分を産んだというならば、二十二歳で出産したことになる。
「事故みたいなものだったの」
僅かに目を伏せた母が言う。
「私のお兄ちゃんはアルファで、パパは自分がオメガだと知らなくて」
ゆるゆると首を左右に振りながら、母は「誰も悪くないの」と呟く。父もそれきり少しのあいだ、口を噤んだ。
それ以上語られずとも、何が起こったのか見当がつかないほど幼くはなかった。那緒の脳裏に宗介の顔が過ぎる。古びた倉庫の冷たい床に押し倒した、あの日の宗介の、辛そうな熱い呼吸。
張りつめた空気を振り払うように、母は一度だけ大きく息を吐き出してから、浮かべた笑みを深くした。
「私ね、パパのお腹に那緒がいるって知ったとき、悩まなかった。ああ、この子は私と純也くんの子供として、神様が授けてくれた子なのかなって、そう思ったの」
真っ直ぐ那緒へと向けられた瞳は泉のように凪いでいた。思えば母はいつもそうだった。疑う余地のない、揺るぎない慈愛にその眼差しは満ちている。
「那緒の半分は私のお兄ちゃんと繋がってる。っていうことは、私とも繋がってるってこと。そうでしょう?」
隣で頷く父もまた、上等な柔い毛布でくるむように那緒を見つめていた。
「僕ら二人の両方と血が繋がった子供は、この運命を逃したら二度と生まれてこない。そう思って、産むことを決めたんだ」
オメガとベータで子供がほしいと思ったら、普通は養子をとるか、精子提供を受けるしかない。そうやって幸福な家庭を築いている夫婦も世間にはたくさんいるはずだ。
だが二人は、恐らくレイプかそれに近い行為の末にできた子供を、夫婦の子とすることを選んだ。そうして那緒は今日の今日まで、何不自由なく育てられてきたのだ。
「本当は、もう少し早く伝えるつもりだったんだけど。僕の帰って来られるタイミングがいつも悪くてね……なかなか言えなかった。ごめんね、那緒」
からからに渇いた喉を、那緒はごくりと鳴らした。大波に呑まれたように、知らされた真実が身体の中で渦を巻いていて、思考がまとまらない。
そんな中でも唯一、はっきり形を保っていたひとつの疑問を、迷いながらも口にする。
「……その、……母さんの、お兄さん、は……」
母に兄弟がいるなんて今までに聞いたこともなかった。勿論それらしい人物に会ったことも。母は小さくかぶりを振って答える。
「いなくなっちゃった。自分を責めて、後悔して……私たちが何を言ってもだめだった」
今どこにいるかもわからないの。そう言って寂しげに微笑む母の目に、ほんの僅か、後悔の色が滲む。
「できることなら、那緒の成長を一緒に見守ってほしかった。でも、それは私たちのエゴかもしれないわね。お兄ちゃんを苦しめ続けることになったかもしれない……」
テーブルの下で、膝に置かれた母の手を、父がそっと握るのがわかった。それで那緒も、自分が両の拳をきつく握りしめていることに気づく。手のひらにはじっとりと汗をかいていた。
「でもね、私たちは、本当に那緒に会いたかったの。堕ろすなんて選択はできなかった。私、お兄ちゃんが大好きだったけど、たとえお兄ちゃんを失うことになると知っていても、那緒を選んだわ」
母が瞳の真ん中に自分を映す。父も同じように嘘のない眼差しで那緒を見つめている。直視するにはどちらもあまりに真摯で、でも目を逸らしたり俯いたりすることもできなくて、結局那緒は両親を交互に見つめ返した。
ほかにどうしようもなく。
何もない食卓に、母の声が揺蕩う。
「那緒は間違いなく、望まれて生まれてきた子なのよ。それだけは覚えておいて。私たちは、那緒のことを世界で一番、愛してる」
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