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#13-4

暗闇に慣れた視界にぼんやりと、天井の照明器具の輪郭だけが浮かんで見えている。 もう何度目かもわからない寝返りをうって、那緒は一向に重くなる気配のない瞼を、不規則にただ瞬いている。幸いにして明日は休みだ。眠れなかったとしても生活に影響は然程ない。 小さい頃から、父親よりは母親似だと言われることが多かった。自分でもそう思う。小さい頃の写真を見ても、目の形なんてそっくりそのままだ。 父がオメガだと知ってからも、母が実親ではないという可能性にはなぜだか考え至らなかった。思い込みとは恐ろしい。母との血の繋がりを無意識のうちに信じ込んでいたというわけだ。 両親の話を振り返ると、つまり。 恋人ではないオメガを襲って孕ませたアルファの男の血が、自分には流れているということになる。 布団の中の心地よいはずの湿度が、全身に纏わりつくようで気持ちが悪かった。 不快感で吐きそうになりながら、宗介のことを考える。 あのとき友春が来てくれていなかったら、と考える。 あのとき、もし、宗介を父と同じ目に遭わせてしまっていたら、自分も逃げただろうか。 宗介の前から姿をくらまして、消えない傷をつけたことなど忘れて、罪の意識に追い詰められたふりをしたまま。 どこかでのうのうと生きただろうか。 那緒には想像ができなかった。 したくなかった。 シャワールームを出てスマートフォンを開くなり、友春は思いきり表情を歪めた。 メッセージアプリに見知らぬアイコンからの新着通知。あまり深く考えずにタップしたのが失敗だった。連続して送られてきた、音声は聞こえないのにうるさく感じる文字の羅列。 『ともはるくん!!!!』 『光希だよ』 『ちょっと聞きたいんだけどさー』 送り主を認識するなり、友春はほぼ反射的に相手のアカウントをブロックしようとした。しかしそれより先に、少し長めのメッセージが新たに受信される。よく見れば前のメッセージもたった今受信したものだった。 『初めてともはるくんに連絡する内容がこれって、俺的にはかなり嫌なんだけどさー』 知るか。友春は一旦手を止めた。バスローブのままソファに腰を下ろし、ローテーブルの上に放っていた煙草の箱から一本取り出す。咥えたところで次のメッセージ。 『宗介と円佳しらない?』 今度は短かった。二秒ほど文面を眺め、友春は傍らにスマートフォンをぽいと置くとライターを手にした。煙草に火を点け、天井を仰ぐようにして、深く煙を吸い込む。肺を膨らませたそれを吐き出す、ゆっくり、長く。 まだ濡れたままの髪から滴が垂れるのも意に介さず、気怠い仕草で掻き上げながら、再び画面に視線を落とした。短いメッセージが数秒とおかず連投されてきている。鬱陶しい。 『ねえねえ』 『今見てるよね?』 『無視しないでよー』 『もしかして一緒にいる?』 『ねえ』 『通話にしていい?』 ああ、鬱陶しい。咥え煙草のまま片手でスマートフォンを持ち上げる。友春はフリック入力が速い。 『お前にライン教えた覚えないんだけど』 『誰から聞いた』 『那緒か』 そこまで送ると、やはりものの数秒で返信が返ってきた。 『ひみつ!』 つまり肯定と受け取るべきだろうか。あのポンコツぶっ殺す。友春は舌打ちをしながら灰皿に灰を落とした。 成り立っているとは言い難い一方的な会話が、画面上では続いていく。 『藍良(あいら)が今日、円佳と約束してたらしいんだけど、帰ってこないんだよね』 誰それ。 『うちの一番上の姉ちゃん』 『宗介に電話もかけたんだけど、俺だから出ないのかも』 『ともはるくんからかけてみてくれない?』 平仮名の多いメッセージを目にして、友春は鼻で笑った。 こいつ、もしかして俺の名前の漢字も知らねーのかよ。好きだ何だとよく言えたもんだな。 「ハルくん。悪いんだけど俺、先に出るね」 声をかけられ振り向くと、ワイシャツとスラックス姿に戻ったシュウジが立っていた。ほんの数十分前まで一緒に裸でベッドにいたのに、片やスーツ、片やバスローブ。 「ちょっと職場に呼び出されちゃってさ」 「今から? 大変だね」 「ごめんね。チェックアウトまでもう少しあるから、ハルくんはゆっくりしていきなよ」 言いながらシュウジは、流れるような自然さで、灰皿をペーパーウエイトがわりに万札を数枚置いた。それはホテル代の端数を切り上げただけのものなのだが、そうやって渡されると身体の対価のようにも感じられて、友春は自嘲的な気分になる。 「俺も着替えたらすぐ出る」 「門限とかあんの? コーコーセーだもんね」 「んー、まあ、そうだね」 身を屈めて近づけられる男の顔に、未成年とセックスしたり煙草を買い与えたことへの罪悪感は微塵もない。 唇が重なる間際で友春は舌を差し出した。煙草の味のしないシュウジの口内に招き入れられ、ねっとり愛撫される。 別れ際に交わすには些か深すぎるキスが終わると、 「またね、ハルくん」 そう言って微笑んで、シュウジは友春の癖毛を撫でた。

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