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#13-2

いつもは母と二人の食卓、母の座る位置に今日は父がいて、向かい合って座る那緒にいそいそと卵焼きを取り分けていた。 テーブル上には父の好物ばかりが勢揃いしている。帰ってきた日の夕食は必ずハンバーグと決まっていた。 「学校は楽しい? 那緒」 この質問も毎度のもので、以前は友人との出来事や運動会の徒競走で一番をとったことなんかを懸命に話して聞かせていたものだが。中学校に上がった頃からは、気恥ずかしさもあり曖昧に「うん、まあね」と答える程度になっていた。 「今年は受験生だもんなあ。早いなあ。志望校は決めた?」 「いや……」 「そっかあ。那緒、昔は車掌さんになりたいって言ってたよなあ」 「小さい頃の話じゃん。今はそんなこと思ってないよ」 交通インフラは大変なのだ、二重の意味で。自分のような平凡以下の能力では到底立ち行かない。 そっかあ、と父は少し眉尻を下げながら笑った。父のそういう笑顔はへにゃりとしていて、那緒はいつも、溶けかけのアイスクリームみたいだなあ、と思う。 家ではおっとりした表情しか見せない父が、外では英語とフランス語を操り逞しく商売をしているという。昔から仕事を家に持ち込むことがなかったので、那緒にとっては未だに信じ難いことでもあった。 豆腐と油揚げの味噌汁を一口啜ったあとで、父は幸せそうに「あー」と声を漏らした。 「うちに帰ってきたって感じがするなあ。理緒ちゃんの料理が世界で一番美味しい」 「純也くん、帰ってくるたびに同じこと言ってるわよ」 「だって本当なんだもん。あ、お茄子も美味しい!」 まだキッチンで何か拵えている母も、この上なく上機嫌だ。 もうじき結婚二十周年を迎えるはずの両親が、いつまでも新婚のような空気を醸し出しているのも、普段離れて生活しているためなのだろうか。慣れてはいるものの、むず痒さを感じないわけではない那緒だった。 その後も母の手によって煮物やら和え物やらの小鉢が次々に運ばれてきて、終わりの見えない食卓に那緒は途中でギブアップした。 張り切りすぎた母が品数を多く作りすぎるのも毎回のこと。年に数回ではあるが、いつものことと呼べる光景がそこにはあって。 いつもと違うことが起こったのは、那緒が風呂から出てきたあとのことだった。 父と母が、ソファで寛ぐでもなく、ダイニングテーブルに並んで着いている。つい先刻まで穏やかな食卓だったそこは綺麗に片づけられて、何もなくなっていた。 「那緒。こないだ電話でも言ったけど、今日は大事な話があるんだ」 父が微笑みを絶やさないまま言うが、それはアイスクリームというほど柔らかなものではなくなっている。 「きた」と、那緒はそう思った。 ついに来てしまった。数日前、国際電話で「帰ったら大事な話がある」と言われたその日から、何度も頭の中でシミュレーションはした。しかし、いざそのときを迎えると、風呂で汗を流したばかりの背中にじんわりと温いものが伝う。 だって那緒は知っているのだ。何を打ち明けられるか。 ベータの男女だと思っていた両親のうち、父親は実はオメガで。つまり、自分は父親とは血の繋がっていない子供だということ。オメガとベータじゃ子供はできないのだから。 心臓が胸の真ん中に来たみたいだ。鼓動するたびにいちいち締めつけられるような息苦しさを感じながら、那緒は両親と向かい合って座る。タオルで雑に拭いただけの髪が冷たく思えた。いつもなら気にもならないのに。 「実はね、那緒」 父がゆっくりとした口調で話し始める。子供には少し難しい本を読み聞かせるような、そんな声に那緒には聞こえた。 だからだろうか。 「那緒は、パパとママの子供じゃないんだ」 その決定的な言葉を聞いたとき、那緒は自分で予想していたよりもずっと落ち着いていた。まず「やっぱりか」と思い、それから「やっと知らないふりを辞められる」と思った。 このあとに続く言葉もわかっている。わかっている、ということを、自分は両親にずっと隠してきた。お互いに隠しあって、バカみたいだ。そんな状況から解放される――と、清々しい気分すら覚えた。が。 那緒の想定を、真実は少しだけ超えていた。 告白のバトンは父から母へと渡される。那緒と似ていると昔からよく言われてきた二重の目元に、静かな覚悟が灯っている。 「那緒を産んだのはね、実は、私じゃなくて……パパなの」 耳から入ってきた言葉を、脳が処理するまでに数秒かかった。 聞こえた通りに解析したあとで、聞き間違えたかと思い、真新しい記憶を反芻。自分が言葉の意味を誤ったのかと解析し直して。 那緒はそこで初めて目をしばたかせ「へっ」と間の抜けた声を漏らした。 それが合図だったかのように、母は続ける。 「那緒はね、私のお兄ちゃんと、パパとの間にできた子供なの」

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