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#13-9

バス停に並んでいると、再びスマートフォンに着信があった。今度は弟ではなく、小うるさい幼馴染だったので、宗介は少し迷ってから受話器のマークをタップする。 無言のまま耳に当てると「……あ、出た」と友春の、いかにも気怠げな声がした。 「お前、どこいんの。円佳ちゃんと一緒?」 「……おー」 「帰ってこないからお姉さんが心配してるってよ。円佳ちゃんと約束してたんだって」 友春の口から姉の存在が出てくることに違和感を感じながらも、隣でこちらを見上げてくる円佳に声をかける。 「円佳、お前、藍良と何か約束してたのか」 「あいちゃんね、今日、プレゼントもってきてくれるって言ってたよ!」 「……あー、わかった。姉貴には連絡しとく」 無邪気な返事に力が抜けた。電話口の友春に向けて溜め息混じりに伝えると、「今どこだよ」と呆れたような声。 「どこでもいいだろ。ちょうど帰るとこだ」 「あっそ。……お前さ、大丈夫?」 「何がだよ」 「こっちが聞きたいんだけど」 淡々としてはいるが、どことなく詰問口調だ。何と答えるべきか決めかねているうちに、目当てのバスがやって来るのが見えた。「切るぞ」とだけ言って手を下ろしかけるが、通話を切る前に「あのさあ」と呼び止める声が漏れ聞こえて、再び耳元へ端末を当てる。 「どこに行っても、何してもいいけど、俺の電話には出ろよ、絶対。これからも」 「あ?」 「俺の声が届かないとこには行くな」 何言ってんだお前、と聞き返す前に、通話は一方的に切断された。 無感情な電子音に耳を叩かれながら、いっとき立ち尽くした宗介の手を、円佳が小さく引く。市営バスが乗車口を開いて低く唸っている。 車内はまばらに乗客がいたが、一番後ろの列が空いていた。窓側に座らせると円佳は、ガラスにほとんど額を張り付けるようにして外を眺め始めた。 エンジン音と車内放送、大学生らしい二人組の会話、賑やかなわけではないのに静かでもないバスの中はなんだか非現実的な空間に感じられた。 「藍良に何もらうんだ?」と尋ねてみると、円佳は両手で口を押さえてくふふ、と笑い「ないしょ!」と言った。 「円佳ね、あしたで、七さいっ」 「おー。そうだなァ」 「そうくん、なんさい?」 「俺は十七だよ」 「円佳よりじゅっこもおおいっ」 すごーい、と大袈裟なほど目を丸くした円佳に、宗介は思わず吹き出す。別に凄くねえよ、と思う。 いつの間にか高校生になっていただけだ。視界の高さも制服の窮屈さも、気がついたらこうなっていた。どう変わってきたのかわからない。 時折がたがたと揺れる椅子の上、座り直して円佳が言う。 「そうくん、円佳が生まれたとき、どうだった?」 「ん? んー……」 濁りも曇りもない真っ黒の瞳が、幼い好奇心に輝いていた。残酷なほど純粋なそれから目を逸らし、宗介はあの日に思いを馳せる。何度も読んだ本を開くように。 藍良と二人、招き入れられた扉の向こうには、変な形のベッドに座った母がいた。 母の髪はぐちゃぐちゃに乱れていて、いつも綺麗に整えられているからそんな姿は見たことがなくて、驚いた。顔もやつれていたが、宗介と藍良に気づくと「おいで」と笑った。 「予定より早く会えたな」と言いながら、腕に抱いたものを見せてくる。それは白いタオルにくるまれた、毛のない子犬みたいなしわくちゃの生き物だった。 何も知らないくせに何もかもわかっているような顔ですうすう眠っていた。 ーー怖かったよ。 お前があんまり小さいから。壊れないで生まれてきたのが奇跡だと思った。 それから。 守らなきゃ、と思った。 そのためにしか生きることを許されない気さえした。 でもそんなことお前は知らなくていいんだ。 バスに揺られながら宗介は、いつの間にか大人のそれの形になった自分の手のひらを広げる。 円佳に初めて触れた瞬間の、ふにゃ、とした頼りない感触を、ありありと覚えている。 もう何年も円佳にしか向けていない穏やかな表情で微笑んで、答えた。 「嬉しかったよ。すごく」

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