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#14-2

トンネル水槽を抜け、順路に沿って館内を進むあいだ、円佳は三人と順番に手を繋いでいた。クラゲが泳ぐ円柱型の水槽の前に引っ張っていかれながら、那緒は言い忘れていた大事なことを思い出す。 「円佳、誕生日おめでとう。ちょっと過ぎたけど」 半透明の傘をふよふよと膨らませるクラゲたちを見ていた円佳が、ぱっと顔を上げた。そして「ありがとう」と表情を綻ばせるまでの、コンマ数秒ほどの僅かな隙に、那緒の頭の中では鮮明なフラッシュバックが起きる。 自分たちが円佳くらい幼かった頃。当時から気が強くておっかなかった宗介は、けれど今ほど目つきは悪くなかったし、年相応の丸みを帯びた頬には可愛らしさもあった。 その懐かしい顔が、きょとんとこちらを見上げてくる円佳に重なって蘇ったのだ。 那緒は思わず目を瞬かせた。宗介と円佳の顔が似ているとは思ったことがなかったし、考えもしなかったが、やはり共通する要素があるのだろうか。 しゃがんで円佳と視線の高さを合わせ、クラゲに見入る横顔をこっそり観察してみる。 しかし、そこに再び宗介の面影を見つけることは、那緒にはやはりできなかった。 「ふれあいプール」なるエリアに差し掛かったとき、円佳に手を握られていたのはよりにもよって友春だった。 露骨に「げ」という顔になった友春が、助けを求めるように那緒と宗介を順番に見た直後、円佳が「ペンギンだ!」と声を弾ませて駆け出す。足をもつれさせかけながら引っ張られていく友春に、那緒はいってらっしゃいの意を込めて小さく手を振った。 半屋外となったそのエリアは、手を入れられる浅い水槽や、生物を間近で見られるコーナーがあり、広々としたスペースの至るところで子供たちのはしゃぐ声が聞こえていた。ちょうどペンギンの餌やりイベントか何かの時間だったようで人だかりができている。円佳と友春の姿はその中に消えた。 残された那緒と宗介は、少し離れたところに見えるベンチへと、どちらからともなく足を進めていた。 遊具のようにカラフルなベンチがいくつか並ぶうち、ひとつだけが運良く空いていて、そこに腰を下ろした宗介に那緒が並ぶ。 とくべつ疲れたわけでもないが、ふう、と自然に息が漏れた。宗介は首を回してごきごき鳴らしている。周囲のベンチは家族連ればかりで、自分たちは浮いて見えるだろうなと思いながら、那緒は背凭れに重心を預けた。 「円佳、背ぇ伸びたね。びっくりした」 「おー。ガキってすげーよな」 「元気そうでよかったよ。母さんも心配してたんだ」 「死ぬほど元気だな。学校でいろいろ覚えてきて、うるせーんだ、最近」 突っ慳貪な物言いにも、妹へと向けられた慈愛が隠しきれず滲んでいて、相変わらずだなと那緒は思う。 同時に、漠然とした言いようのない不安に駆られた。 母がしばらく会えなくて心配していたのは、どちらかといえば宗介だ。それは那緒も同じで。 聞きたいことが山程あって、しかしどう切り出していいのかわからずうやむやのままだ。 そんなことは知らないであろう宗介が、にわかに立ち上がった。驚いて見上げた那緒に、愛想のないいつもの調子で言う。 「飲みもん。お前もなんか要るか」 軽く顎をしゃくられて見ると、そばに自動販売機が設置されているのに那緒も気づいた。慌てて頷く。 「あ、うん、じゃあ……適当に何か、お茶とか」 「おー」 短い返事だけを残して、宗介はさっさと大股で歩いていってしまった。ぽつんと残された那緒は、心許ないような気持ちでもぞもぞと座り直す。 宗介と二人きりになるのは今日初めて、というより、ずいぶん久しぶりだった。そう意識すると、途端に妙な緊張感が那緒の表情筋を強張らせる。 もう十五年もの付き合いだ。今更緊張することなどないはずなのに、そうなってしまう原因は明らかだった。 光希から先日聞いた話。その真偽を今日、那緒は宗介に直接確かめようと決めていた。

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