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#14-3

宗介はすぐに戻ってきた。予想外に四本もペットボトルを抱えていて、一本を那緒に無言で差し出しながら、ベンチの元の位置へと座った。 受け取ったペットボトルの水色のラベルに目を落としながら、那緒は呟く。 「……俺、お茶って言わなかったっけ?」 手にしたそれは見慣れたロゴの炭酸飲料だ。黄色い中身との色合いは、お茶とはかけ離れている。宗介はミネラルウォーターの蓋を開けながらぞんざいな返事を返してきた。 「あぁ? 言ったか? いつもそれだろ」 「そうだけど……」 「んだよ。文句あんのか」 「や、ないです。ないですけど」 透明な水を呷る宗介の、晒け出された喉元の白さ。なんとなく見てはいけないものを見た気がして那緒は目を逸らした。「ありがとう」と言うと「おー」と気のない声が返ってくる。 本当に相変わらずだ。暴君のようなのに、四人分の飲み物を買ってくるところも、那緒がいつも買うのがどれか知っているところも。 利き手で蓋を捻ると、ぷしゅ、と空気が弾ける音がした。無機質なプラスチックに押しつけた唇に、よく冷えた液体が触れる。わかりやすく人工的な甘みと、ぴりぴりした炭酸の刺激が口内を満たした。 目の前を子供が何人か駆けていく。幼児特有の高い声をぼんやりと聞きながら、那緒はペットボトルを握った手に少し力を込めた。表面の水滴が指と指のあいだを濡らす。 「あのさ、宗ちゃん……ちょっと、その、聞いたんだけど」 「あ?」 意を決して口を開いた那緒に、宗介はちらりと視線を寄越した。しかし那緒のほうは、宗介の顔を見ることができず、前方斜め下あたりに向けて目を泳がせている。 続きの言葉は喉でつっかえて、すぐに紡ぐことができなかったが、幸い宗介は黙って待っていてくれた。その視線が余計に那緒の息を詰まらせる。 何度か開いては閉じてしまった唇を、一度ぐっと噛みしめて。那緒は言った。 「結婚するってマジ?」 それが声になった途端に、宗介が身を硬くしたのが那緒にはわかったが、もう無かったことにはできない。 那緒自身、さんざん悩み抜いたのだ。 宗介が自ら打ち明けてくれるまで触れずにおく選択肢もあった。だが、長い付き合いでわかっている。宗介が自分たちにそれを伝えるとしたら、きっと何もかも手遅れになってからだ。 しばらくのあいだ、宗介は何も答えなかった。那緒から視線を外し、片手で短い黒髪をぐしゃ、と掻きあげるようにする。俯き加減で黙り込み、やがて大きくひとつ息を吐き出してから「光希か?」と呟いた。 「あいつ、なに余計なこと言い触らしてやがんだ……殺す」 「……違うよ。俺が聞いたんだ、無理矢理」 数秒の間をあけて、再び溜め息。今度は短くて深い。うなじのあたりに手を当ててぱき、と鳴らしてから、宗介は顔を上げた。 「別に、今すぐじゃねえよ。高校出てからの話だ」 「……誰、と」 「どっかのアルファの男だよ。親父の取引先の」 苛立ったような声。しかし那緒には聞き取れてしまう。そこに込められているものが、幾重にも積み重ねられた諦念であることが。 ペットボトルを握る指の隙間から、溜まった水滴が手の甲へと伝い落ちた。那緒は宗介の言葉を必死で咀嚼しているが、そんな自分を頭のどこかでは他人事のように眺め、滴る水の感触をぼんやりと追っている。 「いいんだよ、もう。それが俺の幸せなんだと」 周囲のざわめきは遠く、宗介の低い声だけが続く。 「……そんな、わけ、ない……」 「はっ。わかってるよ、んな事は」 那緒が絞り出した言葉を宗介は一笑に付した。宗介がわかっているということも那緒にはわかっていたけれど、そう言ってほしくはなかった。心臓のあたりが痛くなる。 宗介の諦念が海底の泥のようにあまりにも深いことが、感じとれてしまって。

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