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#14-4
それから二人の間には少しの沈黙が流れた。
じりじりとした陽射しは和らぐことなく差し込み続けている。子供たちの声も変わらずあちこちから聞こえているのに、その残響はすべて空中のどこか一点に吸い込まれているような、薄い静寂の膜に包まれている感じがした。
「姉貴は」やがて沈黙を破ったのは宗介だった。
「ずっと好きな奴がいるんだ」
「え」
唐突な話題についていけず、那緒は調子外れな声を漏らす。宗介は構わず続けた。
「中学の頃からずっと好きで、両想いなんだ。付き合ってねーけど」
それ何の話、とは聞けず、代わりに那緒は宗介の横顔を見る。真っ直ぐな鼻筋、細い顎。
「いつ親父に引き離されるかわかんねーから、怖くて告白できねーんだと。相手に辛い思い、させたくねえから」
滑らかな頬には赤みがなく、不健康な印象すら与えるが、どこか前方を見据えている黒い瞳は凛々しく強い。淡々と語る宗介の言葉を、那緒はそのまま受け止め続けた。
「光希は……まあ、あいつはいいか。親父の会社継ぐって自分で言い出したからな。でもその下の妹はまだ中一だし、それより下は小学生だ」
そこでようやく那緒は宗介の言わんとしていることを察した。同時に鳩尾を殴られたような、息が苦しくなるほどのたまらない感情がせり上がる。
宗介が眉間に皺を寄せ、宙をきつく睨んだ。
「人生決めつけられるってのがどういうことか……誰かが不幸になってみせなきゃわかんねーんだ、あのクソ親父はよ」
それは自分自身に言い聞かせるようにも聞こえたし、単なる愚痴のようでもあった。いずれにしても宗介が、雁字搦めになっているものを自ら解こうとしていないことだけは明白だった。
那緒の手元で、中身のほとんど減っていないペットボトルが、ぺこっと小さく間抜けな音をたてて凹む。
「……なんで、宗ちゃんがそんなことしなきゃなんねえんだよ」
無力感と綯い交ぜになった、どうしようもない憤りが、那緒の声を震わせる。叫び出したいような気持ちだったけれど、隣で宗介は静かに遠くを見ているだけで。立ち入り禁止のボーダーラインがそこに引かれているのが、あまりにも歯痒かった。
「言っただろ。俺の人生は、あのときもう捨てたんだ」
そう言う宗介の纏う空気は凪いですらいた。いつもみたいに荒っぽく怒ってくれたらいいのにと、那緒に強く思わせる。
そして宗介は、数年前とほとんど同じ言葉を口にした。
「円佳たちの人生守れんなら、俺はどうなっても別にいい」
ずっと自分たちを呪ってきた言葉が、昔以上の重みをもって圧しかかってきた瞬間。
那緒の身体は思考より先に動いた。
「よくないよ……っ」
ベンチの上に置かれていた宗介の右手を、那緒の左手が掴む。
突然触れられて驚いたのだろう、那緒より体温の低いそれはぴくりと強張った。
硬い骨の感触を味わう余裕もなく、縋るように力を込める。俯いた那緒は、ここがレジャー施設の一角だということも、周りが家族連ればかりであることも忘れていた。
「よくない、……宗ちゃん、俺は……」
「お前が何とかしてくれんのか?」
切れ切れに絞り出す那緒の言葉を、宗介は、今度は待ってくれなかった。
よく磨かれたナイフを思わせる、凛として澄んだ低い声。はっとして那緒は顔を上げる。宗介が自分を見ていた。やはり凪いだ目で真っ直ぐに。
「俺のことも、他の奴らのことも、お前が守ってくれんのか」
いつになくゆっくりとした口調はまるで、那緒だけが幼い頃に戻ったかのようだった。泣き虫で恐がり、そのくせ聞き分けの悪い子供。
言い聞かせる宗介だけ大人になってしまったみたいだ。
ずっと一緒だと思っていたのに、いつの間にか、那緒を置いて。
ふ、と目元を和らげて、宗介は笑った。
「できねえだろ?」
那緒の手の中にあったもうひとつの体温が、するりと抜け出す。
「諦めろよ、ナオ」
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