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#14-5

立ち上がる宗介の腕と背中を、那緒は為す術なく目で追った。痩身を包む白いTシャツに肩甲骨が浮いている。 その後ろ姿越しに、円佳と友春がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。 円佳の軽やかな足取り。ワンピースの裾がひらひら揺れる。 那緒からは宗介の表情は見えないが、兄のもとへ駆け寄ってきた円佳は花のような笑顔だった。楽しくて仕方ないといった様子で宗介の細い腰にじゃれつく。 「そうくん、トモくんねえ、ペンギンさんにお水かけられちゃったの!」 数歩遅れてついてきた友春は、年中欠かすことのないマスクを外し、素顔を晒していた。不機嫌の極みというほど歪んだ顔。その片手にはびしょ濡れになったマスクが握られている。 「最ッ悪だよマジで……二度と水族館なんか来ない」 ははっ、と宗介が短く笑った。「災難だな」と友春の肩を小突く。先ほど買ったオレンジジュースのペットボトルを円佳に手渡すと、自分はふらりとどこかへ歩きだした。 「宗介、どこ行くの」 「便所」 それだけ言って宗介は人波へと紛れてしまった。 那緒の隣、たった今まで宗介の座っていたところに、円佳がちょこんと腰を下ろす。 見えなくなった宗介の姿をいつまでもぼんやり追っていた那緒は、自分に向けられる円佳のきょとんとした視線にもしばらく気づかなかった。ナオくん、と呼びかけられて、やっと我に返り慌てて返事をする。 そんな様子を立ったまま見下ろしていた友春が「どうした」と訊ねる。 那緒は「何でもない」と曖昧に笑った。 ランチタイムのピークを過ぎたレストランでは、空席を見つけるのに苦労せずに済んだ。水族館内らしくあちこちに魚や海洋生物のモチーフが散りばめられているが、メニューまでシーフード尽くしなのは如何なものか、と男子高校生はひとしきり文句を言い合う。 「今の今まで魚見てたのに、まぐろ丼とか食べる気になんなくない?」 「それはどうでもいいけど普通に肉食いてえ」 「ワニ肉のカレーならあるよ、宗介」 各々選んだメニューが運ばれてくるまでのあいだに、那緒は向かいに座った友春が、ずっと口元に手を当てていることに気づいた。 いつもマスクで隠している部分が心許ないらしい。頬杖をつくようにしてみたり、下唇を指でつまんでみたり。所在なさげで、いつもの落ち着きぶりが消えている。 那緒の視線が自分に向いていることに気づくと、友春は思い切り眉を顰めて睨み返した。 「……なに見てんだよポンコツ」 「え、酷……いや、そういえばトモってこういう顔だったなあ、と思って……」 「は?」 「マスクしてない顔、まじまじ見るの、久しぶりだから」 もちろん食事の際などは外すが、友春はいつも俯き気味にさっさと済ませてすぐに着け直してしまうから、素顔をきちんと見る機会はほぼ無いに等しかった。 小造りの鼻に、同じく口も小さめで、いつもどことなく不満げな形をしていて。唇の向かって右端のすぐ下には黒子がある。 そうだ、これが友春の顔だ。知っていたし、忘れていたわけでもないのに、なぜか那緒はしみじみとそう思った。 友春が唇をさらにへの字に曲げ、舌打ちをする。 「見んな」 「仕方ないだろ。正面に座ってんだから」 咥えてもいない煙草を指先で挟むような仕草をしながら、友春はぷいと顔を背けてしまった。 「クソ……ここ出たら即コンビニ探してマスク買うから」 「別にいいじゃん、あと半日くらい」 「うるさい。嫌なもんは嫌なんだよ」 「トモくん、なんでお顔みられるのイヤなの? かっこいいのに!」 友春の隣に座った円佳が首を傾げて言った。帽子を脱いで少しぺたんと寝ている細い髪を撫でながら友春は、 「ありがとね……君の純粋さが痛いよ、俺は」 そう呟いて遠い目をした。

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