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#14-6

グッズショップで円佳が宗介に買ってもらう縫いぐるみを吟味している。 驚くほど広く品揃えも豊富な店内は、やはりここも子供だらけで、那緒と友春は早々に退散し外で兄妹を待った。 店の出入り口から少し離れたところに、柵で囲まれた小さなプールのようなものがあり、近づいてみると二匹のウミガメがいた。二人はなんとなくそのまま、温そうな水の中を泳ぐウミガメを眺めていた。 友春がポケットに手を突っ込んで俯き、うー、と呻く。何事かと思って那緒が訊くと、「ヤニ……」と返ってきた。 「しれっと喫煙所入っちゃえば?」 「禁煙してんの、一昨日から」 「うっそ。なんで」 友春の口から禁煙なんて言葉を初めて聞いた那緒は衝撃を受ける。 「別に、なんでってことないけど」 「エライじゃん。じゃあ頑張れ」 うう、と再び唸り声。那緒は少し笑った。マスクも煙草もなしの友春。いつになく弱っているのが新鮮だ。 家族連れやカップルが土産物の袋を提げて次々にショップから出てくるが、未だ宗介と円佳の姿はない。ウミガメは浅いプールで悠々と旋回を続けている。 友春が那緒の方を見ずに言った。 「宗介となに話してたの。さっき」 「……言わない」 那緒の返答を、ふーん、と気のない様子で流した友春だったが。 「お前さ、俺の個人情報売ったろ」 急に体感で十度くらい温度の下げられた友春の声に、那緒は彼の怒りと、絶対に口を割らせようという気概を感じ取って震えた。 瞬時に「ごめんなさい」とひとまず頭を下げた那緒を、友春は「謝ってほしいわけじゃねーんだなあ」と一蹴する。 「お前が俺に隠し事できたことあったか?」 「う……」 那緒が口ごもるのを、友春は余裕の表情で横目に眺めた。 そもそも那緒は大いに引け目を感じていた。友春の個人情報と引き換えに情報を得たことに加え、宗介の秘密をこそこそ詮索したという点においても。 だがその情報をさらに横流しするのは別問題だ、とは思うものの。 友春の言うとおり、自分がこの狡獪な幼馴染を相手に、しらを切り通せるとも到底思えず。 然程長くない逡巡を繰り広げた末に、那緒は観念した。 「高校出たら結婚させられるんだって」 自分でも情けなくなってくるほど、小さく力ない声。顔を上げることはできず、泳ぐのをやめてプールの端でじっとしている片方のウミガメだけが、那緒の目にはぼんやりと映る。 「まあ、そんなとこだろうと思ったけど」 友春はまた、空の指先だけで、煙草を口元に持っていってふかすような仕草をした。 それからしばらく無言の時間が続く。柵の前までやってくる人々が数組入れ替わっても、宗介と円佳はまだ店から出てこない。暇を余した友春がついにウミガメに背を向けた。柵に凭れ、軽く頭上を仰ぎながら口を開く。 「お前、宗介と駆け落ちしちゃえば」 卵サンドとハムサンド両方買っちゃえば、とコンビニで言うのと同じトーンだったので、那緒はその内容を把握するのに少しばかり時間を要した。 「トモ、駆け落ちって意味わかってる?」 「は、馬鹿にしてんのか、ナオのくせに」 「できるわけないだろ。いろんな意味で」 「そのいろんな意味っての言ってみろよ」 ウミガメの一匹が近くにやってきて、水面から首を出した。薄い苔色の顔に、キリンみたいな模様。不機嫌に細めたような目を眺めながら、那緒は右手の指を折る。 「まず第一に、宗ちゃんと俺、付き合ってないだろ。次に、宗ちゃんが円佳のこと放ってどっか行くわけないだろ。それから、そんなことしたって、何の解決にもならないだろ」 薬指を折りかけたところで、盛大な舌打ちに遮られた。呆れたようなウミガメの顔が再び水中に潜っていく。 「クソ弱虫のポンコツヘタレグズ野郎」 「いや、だって、そうだろ? 駆け落ちなんか無理だし、できたとしても意味ないじゃん」 「さっさと既成事実作っときゃよかったんだよ」 「なっ……そっ、それお前が言うか!?」 あまりの言い種に絶句しかけた那緒だが、友春は動じないどころか表情を険しくして、 「順番さえ守ってりゃ止めなかったっつーの。お前が何年も何年もグズグズグズグズグズグズグズグズしてっから悪いんだよ。宗介が他の奴にとられちまうのなんか、どうせ想像したこともなかったんだろ、グズ」 ノンブレスでそこまで言い切った。 もはや反論の言葉など何ひとつ残っていない那緒は、雨に打たれた案山子のような気分で肩を落とした。

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