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#14-8

自宅のマンションが見えてきたところでついに小雨が降り始めた。折り畳み傘は持っているが、取り出す頃には敷地内に入るくらいの距離だったので、宗介は円佳の手を引いて少しだけ走った。 誕生日プレゼントとなったアザラシは、全長が円佳の上半身をゆうに超えるサイズで、円佳が片手で抱えることは難しい。顔の部分を鷲掴んで持ってやったところ、大いに文句を言われた。エントランスを抜け、エレベーターに乗り込んでから返してやる。 自宅の玄関を開けると、リビングから光希が姿を見せた。出迎えたわけではなく偶然そこにいただけのようで、兄と妹を見とめると、自室のほうへと向かっていた足を止めた。 「みーくん、ただいまっ」 「おかえり……円佳、それなに?」 「あざらし! そうくんに買ってもらったの!」 ちょっと持ってて、と言って光希にアザラシを抱えさせ、円佳は上がり框に腰掛けると靴を脱ぎ始めた。大きくて丸く柔らかい、申し訳程度のデフォルメを施された縫いぐるみ、を突然押しつけられた光希が怪訝な顔でそれを見ている。 「お前のチョイスじゃないよね?」 「んなわけねーだろ。円佳が自分で選んだんだよ」 「んん、手触りはめっちゃ良い、顔ちょっとコワイけど……」 「こわくないよ、かわいいもん」 再びアザラシを抱いてぱたぱたと廊下を駆けていく円佳に、光希が後ろから「手ぇ洗うんだよ」と声をかけた。 サンダルを脱いで爪先で雑に揃えた宗介は、壁に左肩を凭れて立つ光希が自分を見ているのに気づく。「なんか用か」と言えば「別に」と返ってくるが、視線は逸らされない。 はあ、と宗介は息を吐き、頭を掻いてから弟を軽く睨んだ。 「テメー、余計なことすんじゃねーぞ」 「余計なことって、どれのこと?」 すかさず不遜な笑みを浮かべる光希。その表情に憎たらしさを感じながら、宗介は静かに足を進めた。 壁際に立つ光希の横を抜け、擦れ違いざまにその右肩に手を置く。 「テメーは好きにしてりゃいい。俺のことは、テメーには関係ねえ」 それだけ言って返事は待たない。光希が何か言いたげに振り向いたのは気配でわかった。何も言わせる気のない宗介は、足早に廊下を抜けていく。

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