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#15-5

「那緒はね、四〇一二グラムもあったんだよ。すごく大きい赤ちゃんだったんだ。もう本っ当に重かった。しかも予定日の二日前まで逆子でね。前日にくるっと回ってくれたみたいで、それはよかったんだけどね」 「しかも僕、悪阻が酷くて。全然ごはんが食べられなくて、那緒がお腹にいるのに、妊娠前より体重減ったんだ。点滴とかも何回かしたなあ」 「あ、でも産むときは割と安産だったみたいだよ。自分ではよくわからないけどね。もちろん痛かったし叫んだけど、いきむのが上手かったって、あとから看護師さんに褒められちゃった」 「産んだあとはね、出血量がちょっと多かったみたいで、輸血したんだ。人生初輸血だよ。あちこち痛くてベッドから起き上がれなくて、二週間入院したんだ。那緒は全然元気なのに、僕だけ車椅子乗ってたよ、笑っちゃうよね。うん、那緒は生まれた瞬間からすっごく元気だった、泣き声が大きくてね、怪獣みたいだったよ」 思い出話を語る父の声は、相変わらずのんびりしていたけれど、絵本を読み聞かせるかのような優しい気安さがあった。読み聞かせにしては壮絶な内容ではあったが。 那緒はたまに相槌を打つだけで、ほとんど黙って父の話を聞いていた。聞きながら、泣き出したいような、地面を転げて大声で笑いたいような、何と言葉にしたらいいのかわからない感情に胸の内を満たされて、苦しくなっていた。 ただひとつ把握できたのは、こんな話をもっと早く父から聞いていたかった、という自分の気持ちだ。否、話の中身すら何でもいいのかもしれない。 隠し事をしあっていた二人の人間ではなく、もっと単純なところでわかりあえそうな、実はよく似ているのかもしれない父と息子として時間を共有すること。必要だったのはこれだった。 思い出語りがふと途切れ、たった今拾いあげた言葉のように父が呟く。 「もっと早く言わなきゃいけなかったんだ」 頭の中を読まれたかのようで那緒は驚き、それから「ごめんね」と続いた父の声に、頷きながらぎこちなく微笑んでみせた。父が慌てたように指で目頭を拭う。そして再び語りだした。 「那緒にね、言いたかったことがあるんだ」 父が背を伸ばしたので、那緒ももぞもぞと座り直し、その言葉に耳を傾ける。 「那緒を産むことを迷わなかったのは本当だけど、なんの葛藤もなかったわけじゃない。僕らと血の繋がった子供がほしい、っていうエゴを、この子に押しつけることになるんじゃないかって、それがすごく怖かったんだ」 エゴってわかる? と聞かれて、わかるよそれくらい、と返した。最近ずっとそれに苦しめられてる、とは言わずにおいた。 「ママと二人で何回も、何回も話し合ったよ。たくさん話し合って、それで決めたんだ。そんなこと関係なくなるくらい、この子を力の限り愛し抜こうって」 父は両の手のひらを開くと、何か大切なものが描かれてでもいるかのように、そこに視線を落とした。左の薬指には母と揃いの指輪が光っている。 「いろんな道がある中で、ママがこの道を一緒に選んでくれたから、僕は那緒に出会えた」 その両手をぱたんと合わせ、顔の前まで掲げる。祈りに似た仕草で瞼を伏せて、すぐに手を下ろした。 「みんながそれぞれ自分の道を選びながら生きてくんだ。だからずっと隣にいたはずの人とも、いつの間にか道が離れたり、ぶつかったりしちゃうこともあるよね。でも、そうやって生きていく中で、誰か大切な人ができて、同じ道を一緒に歩きたいって思うなら、覚悟が必要だ」 「……覚悟」 「うん。道を選ぶっていうのは、ほかの道を捨てることでもあるからね。自分だけじゃなくて、相手にも捨てさせることになる。その重みをずっと背負っていく覚悟」 数メートル離れたところでシーツやバスタオルやシャツが風にはためいているのを見つめながら、那緒は父の言葉を噛みしめるように聞いた。どうしたって宗介の顔が浮かんだ。 「大切なのは、相手を尊重して、できるだけ優しくいること。お互いにね。それと、自分の気持ちはちゃんと伝えること」 自分の気持ち、と口の中だけで呟いてみる。 ずっと前から大好きなこと、これからもそばにいたいこと、苦しみから救いたいこと、それから、ああ、そうだ。 俺は、宗ちゃんの。 昔みたいに笑う顔が見たい。 夏草と柔軟材の匂いのする風の中で、父が目を細めて微笑んだ。 「那緒ならできるよ。僕と理緒ちゃんの息子だもん」

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