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#16 繋

ストーカー野郎に出してやる粗茶などないとは思ったが、友春は喉が渇いていた。自分のぶんだけ用意してぶうぶう言われるのも面倒なので、情けでグラスをふたつ用意してやる。 氷を入れ、冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出すが、どう見ても残量が足りない。少なめのグラス一杯半がせいぜいだ。 友春は迷わず片方のグラスに麦茶をなみなみと注ぎ、僅かに残ったのをもう片方に入れると、水道水で嵩増ししてトレイに乗せた。 散々釘を刺しておいたためか、目を離した隙に部屋が漁られるなどという犯罪行為は起きなかったらしい。 友春の部屋の真ん中あたり、座布団代わりに恵んでやったフロアクッションの上に、光希はしおらしく正座していた。 光希のぶんのグラスをローテーブルに置いて、友春はベッドの上に腰を下ろした。脚を組み、見下ろす形で光希と対面になる。 光希がどこか惚けたような顔で自分をじっと見ているのに気づき、眉根を寄せた。 「何だよ」 「二週間ぶりの友春くんカワイイなあと思って」 「……やっぱ帰れ」 「ヤダ!」 意地でも動かないと言わんばかり、足を崩して胡座になった光希に、友春はやれやれとかぶりを振る。 「なら、喋ってもらう」 「なに喋ればいいの?」 「宗介の結婚について」 狡、という字がつくほど賢い光希のことだ、予想できた流れであるに違いないが、友春がそう口にするなりぷいとそっぽを向き「やだ。言わない」と嘯いた。 「言え」 「ヤダ。そもそも大したこと知らないし」 「何でもいいから知ってること全部言えっての」 「言わないっ。知らなーいっ」 そう言うと光希は仰向けにひっくり返って床に寝そべった。 子供のような口調も仕草もわざとだろう。苛ついたら負けという気がして、友春は浮かんだ罵詈雑言を麦茶と共にどうにか飲み込んだ。 「相手くらい知ってんだろ。どこのどいつだ」 「知ってる。けど教えない」 「なんで。ナオになら教えんのか? あいつ呼ぶか」 「ナオくんには交換条件で教えただけだもん」 「……あー、その件についても言いたいことはあるけど、一旦置いといて」 頭を掻きながら友春は、組んでいた脚を下ろした。「交換条件ねぇ」と独りごち、徐ろにベッドから立ち上がると、床に転がってぱたぱたと手足を揺らしている光希に歩み寄る。 踏むか蹴るかされると思ったらしい光希が動きを止め、身を強張らせるが、友春の行動はそのどちらでもなかった。 光希の傍らにしゃがみこみ、たじろいだ顔のすぐ横に片手をつく。 そのまま光希の胴体を跨ぎ、腹の上に馬乗りになると、挑発するような笑みを滲ませて言った。 「やらせてやるよ、……とでも言ったら吐くのか?」 「……え」 ぽかんと口を開けて固まった光希を見下ろしながら、その投げ出されたままの右手を掴む。友春自身の腰のあたりまで引き寄せ、指先をシャツの裾に潜り込ませた。 肌に直に触れた途端、光希の手がびくっと硬直したので、友春は目を細めて嘲るように少し笑った。 光希相手に身体を担保にするような心積もりがあったわけではない。ただ、向こうは純粋かつ好奇心旺盛な高校一年生で、自分に気があるときた。 そういう行為を仄めかすことで口を割らせるのは簡単だと思ったし、そのまま最後までさせてしまうことになったとしても、まあ、友春としては特に失うものはない。 そのくらいの算用だったわけだが、しかし。友春の予想したような反応は、光希から返ってはこなかった。 「……何で?」 「あ?」 「友春くん、そこまでできんの? 宗介のために」 呆然と言う光希は、傷ついた目をしていた。 友春はなぜかぎくりとして、掴んでいた光希の手を放す。自由になった右手を力なく床に着地させ、光希は口元を歪めた。

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