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#16-2
「みんな宗介、宗介って。何なんだよ。あんな奴どうでもいいじゃん。可哀想でもなんでもないじゃん。自業自得だ」
堰を切ったように言葉を溢れさせる光希の、泣きそうにも見えるその顔に、友春の目は釘付けになる。淡い色素の瞳が燃えていた。
嫉妬と、憎悪と、短い言葉では言い表し難い、大きな何か。まるで幼い子供みたいだ。
「家のこととか何にも考えないで、俺に面倒事ぜーんぶ押しつけてきてさ。円佳にばっかり兄貴らしいことして、罪滅ぼしのつもりか知らないけど、あんなんただの自己満足じゃん、バカだろ」
「……何。お前、宗介にお兄ちゃんしてもらえないのが嫌で反抗してるわけ?」
「違うよ。全然違う。そんなんじゃない」
ひときわ声を荒げて吐き捨てると、光希は両手で自分の目元を覆った。爪を立てるかのように指がいびつに曲がって、肌理の細かい手の甲の肌に筋が浮く。
微かに震えているその手をやがて下ろすと、睨むように友春を見て、
「今まで面倒なこと避けてきたツケだよ。結婚なんかで済むなら安いもんだろ。オメガで得したよね、羨ましいよ」
鋭い破裂音が部屋に響いた。
ぱしっ、と一度。
衝動的な速度で振り上げられた友春の右の手のひらが、光希の左頬を打って宙に浮いていた。およそ他人に聞かせたことがないくらいに低い声で友春は唸る。
「言っていいことと悪いことがあんだろ」
じわりと赤くなる頬を、氷点下の目で見下し。友春の手にも痺れるような手応えが残っている。
光希は小さく開いた唇で浅い呼吸をしていたが、すぐに歯を食いしばると絞り出すような声を漏らした。
「……俺らの何を知ってんの」
引きつめた鏃 のようにその瞳が煌めいて、今度こそ友春を射抜く。
「あいつがオメガだからどうとか、知るかよ。どうでもいいよ。それ以前にあいつは兄貴なんだ。下の俺らがあいつの皺寄せ喰らってんだよ、ずーっと。昔から。友春くんにわかってたまるかよ」
堤防の決壊した感情は止まらない。ほとんどまくしたてるように、言葉が奔流となって光希の口から溢れ続けるのを、友春は黙って見つめる。
「あいつが今までのツケ払って、家からいなくなってくれんなら、願ったり叶ったりってやつだよ。清々するね。あんな奴、……」
光希はほんの一拍ぶんだけ息を詰まらせ、声を震わせる。
「大っ嫌いだ。早くどっか行っちまえ」
言葉は途切れ、荒くなった息を押し殺すようにして、光希は唇を噛んだ。
あとには真空に似た沈黙。
激昂を吸って温度を下げた部屋で、友春が静かに口を開く。
「じゃあなんでナオに結婚のこと教えた?」
跨ったまま見下ろす光希は、何かに耐えるような顔をしていた。
吐き出された言葉は決して嘘ではなく、どれも光希の本心だろうが、その裏側にもっと大きな感情が隠されている。それに気づかないほど友春は鈍くなく、気づかないふりをしてやれるほど達観してもいなかった。
「誰かに止めてほしかったんじゃねえの。何とかしてほしかったんじゃねえのかよ」
引き結ばれた光希の薄い唇が微かに震えている。逸らされた瞳が揺れる。その表情は年相応に悩める少年のように見えたが、やはり駄々をこねる子供じみてもいた。
「あいつがいろんなもんから逃げてきたのは知ってる。お前が割食ってきたんだろうなってのもわかるよ。でもさ、だからって、あいつが不幸になるのが、本当に嬉しいのかよ? お前」
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