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#16-3

光希の言う通り、諸々のことにきちんと向き合ってこなかったのは宗介だ。友春が唆した部分もあると自覚している。 例えば小三の夏。盆と正月に宗介が必ず連れ出されていた、恒例の親戚回り。 ボイコットを共謀したのは紛れもなく友春だ。 それ以来、宗介は頭数に入れられることがなくなって。 しかし光希はきっと以後、不良の長男の代わりに、親戚一同から理不尽な期待を受けることになっただろう。その重圧や息苦しさを、友春は推測することしかできない。 だから言う。柄にもなく真剣だった。 「あいつがやっと家のこととか、オメガ性のこととか、向き合おうとしてんのに。その結果がこんなんでいいのか。兄貴としての落とし前、ちゃんとつけさせたいんだろ」 こいつらの兄弟仲にまで首突っ込むつもりじゃなかったのに、とも頭の片隅で思っていたが、もう止まらない。 「このままあいつが結婚させられたって、お前の不満は何ひとつ解決しないよ。次はお前の番だ、ってほかの役回り押しつけられるだけ。それじゃ今までと同じじゃねえの」 光希が少しだけ口を開いた。何かを言おうとしたのかもしれないが、言葉が発せられることはないまま、再び閉じられる唇。友春は酷くもどかしいような気持ちでそれを見つめながら、 「お前もあいつも、首輪つけられたままなんだよ。それ外す気がねえんなら、お前の負け越しだよ、一生な」 そこで言葉をやめた。光希の反応を待った。光希は視線を宙に彷徨わせるが、友春のそれと合わせることは避けているようだった。 長い沈黙のあと、ようやく光希は「円佳のためなんだ」と呟く。 「あいつが結婚させられんのは、円佳の身代わりみたいなもんなんだよ」 「……は? どういうこと」 思わず漏れた友春の疑問には答えずに、光希は打って変わった静けさで粛々と語った。 「あいつはさ、オメガは可哀想な性だって刷り込まれちゃってんだよ。子供産むしかできなくて、弱くて、不自由だって。だからずっと、自分がオメガだってこと受け入れられなかったんだ。なのにさ」 「自分がこの性に生まれたのは、こうやって円佳を守るためだったんだ、って。それで自分を納得させようとしてんだよ」 「円佳を幸せにすることしか考えてなくて、そのために、あんなに憎んでたオメガ性まで受け入れようとしてんだよ」 「それを……止めるなんてさ、友春くんにはできんの? 俺はできない。……できないよ」 言葉を重ねるごとに、その声には無力感が滲むようだった。最後にはほとんど泣き声になりながら、光希はついに片腕で顔を覆ってしまう。 友春は半ば呆れに近いものを抱きながら肩を竦めた。 「お前、お兄ちゃん大好きじゃん」 「好きじゃない!」 弾かれたように否定を口にする光希を「はいはい」と嗜めつつ、そのまるい頭につい手を伸ばしてしまう。額のあたりをひとつふたつ撫でてやると、その手を掴まれ、涙目でキッと睨まれた。久方ぶりに目が合う。 「友春くんこそ! やっぱり宗介のこと好きなんじゃないの!?」 光希の自棄っぱちに、友春は「好きだよ」と返した。 あまりにもあっけらかんと肯定されたので、光希のほうが絶句して目と口を丸くする。その間抜け面に友春は少しばかり気をよくした。 「好きに決まってんだろ。幸せになってほしいってずっと思ってる。で、俺はさ、光希」 徐ろに光希の上から退くと、床に胡座をかいて座り込む。釣られたように光希も上体を起こして友春と向かい合った。 「お前らの家のことなんか関係ないし、宗介以外どうでもいい。あいつの権利を取り戻すためなら何でもする」 「……権利」 「そ。幸せになる権利。……や、違うか。自分の幸せを、自分で選ぶ権利、かな」 光希は同じ高さになった目線をじっと友春に注いでいる。いつになく素直なそれを、友春も真正面から受け止めて、僅かに口角を上げた。 「手ぇ貸せよ。お兄ちゃん奪還作戦だ。二人とも首輪外してから、思う存分、兄弟喧嘩すりゃいいだろ」

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