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#17 夜の透明
ベッドに俯せで横たわる男に、“ハル”が背中から声を掛ける。
「シュウジさんってさ、今まで何人泣かせてきたの」
ヘッドボードに設えられたパネルを慣れた手つきで操作していた男は、肩越しに振り返るとすぐに端正な顔に笑みを浮かべた。起きあがってハルに向き合う。
「やだな。そんな風に見える?」
「うん、見える」
躊躇なく頷くハルに苦笑してみせながら、優しくその腕をとる。引き寄せられるままにハルの膝がベッドに乗り上げた。スプリングと衣擦れの微かな音。
ヘッドボードに背を凭れ、男は自身の腿の上にハルを座らせた。目元にかかった長めの前髪を指先でそっと払ってやる。
「好きな子は結構、大事にするタイプだよ、俺。フラれることのほうが多いし」
「ふーん。じゃあ、“好きな子”が一人じゃなくて何人もいちゃうタイプだ?」
ハルは面白がるような口調になるが、その声に不満げな色が滲んでいるのを、男は敏感に察した。少し癖のある黒髪をさらさらと撫でながら、柔和な微笑は絶やさない。顎の下を擽られた猫のように目を細めて、ハルがその手に擦り寄ってくる。
「俺のことは? 好き?」
「好きじゃなかったら会わないよ」
「ふーん。そっか」
望む答えを得たはずなのに、ハルは拗ねたように唇を尖らせていた。細い腕を男の首に回す。
「シュウジさん、ほんとに独身? 結婚とかしないの」
「んー、誰か一人と結婚したら、ほかの子と会えなくなっちゃうからなあ」
「嘘だ。不倫とか気にしないでしょ、絶対」
「あはは……今日はどうしたのハルくん、変な話ばっかり」
男はわざとおどけるような声で笑い、ハルの日焼けのない白い頬を片手で包んだ。瞳に映る互いの顔が見えるほどの距離で、ハルは尚も問いかける。
「今セフレ何人いるの? その中で俺、何番目?」
「えー。聞いてどうするの、そんなこと」
「どうもしないけど……、……ん」
唇を塞がれ、吐息混じりの声がハルの鼻から漏れた。男の手がシャツの裾から滑り込み、脇腹から背中へと這う。少しかさついた指先の皮膚が、背骨の上の僅かなくぼみを辿ってゆっくり撫であげていく。
ほんの数回の逢瀬でハルの性感帯を的確に掌握した男の、戯れのような愛撫に、ハルは身を震わせた。
男の唇が耳元へ寄せられる。
「俺の話よりさ……ハルくんの声のほうが聞きたいなあ」
低く掠れた囁きを耳殻へ直接吹き込まれて、ぞわぞわと首が竦む。そのまま甘く噛みつかれながら、背中の感じるところばかり何度もなぞられ。
ワイシャツを纏ったままの男の腕に、ハルは浅く喘ぎながらしがみついた。
軽々と抱えられ、体勢を入れ替えてベッドへ横たえられる。男の手は胸元を滑り、過敏な先端を爪弾くように刺激する。舌を絡めるキスをされながら、ハルは「んん」と上擦った声を漏らした。
シャツがたくしあげられ、露わになった白い肌に、男は熱っぽい視線を落とす。雄の欲情を滲ませたその顔をじっと見上げながら、ハルは小さく唇を開く。
「俺、シュウジさんの一番になりたい」
「……もう一番だよ?」
男は小首を傾げてみせ、困ったように笑った。いかにも口先だけの薄っぺらい睦言に、ハルは反発を覚える。
「そうやって適当ばっか言う。俺が未成年だから? 大人だったらもっと真剣に話してくれんの?」
「関係ないよ。前も言ったじゃん、俺は若くて可愛くてエロい子が好きなの。だからハルくんのことは、すごーく好きだよ」
「……じゃあ、付き合ってよ。恋人にして」
男の手に自らのそれを重ね、縋るように男をじっと見つめる。いじらしい仕草にますます眉を下げながら、男はハルに啄むだけのキスを何度か落とした。
「そういうのはさ……あんまり言っちゃダメだよ。世の中には悪い大人もいるんだからね」
あやすようなキスと言葉に、ハルの瞳が揺れる。
それきり口を噤んだハルに、男は愛撫を再開した。あちこち開発されきった若い肢体が、その内側にじわじわと熱を燻らせていくのを、捕食者の目にしっかりと捉えながら。
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