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#17-4
八月二十二日、土曜日、昼の十一時から。
場所はホテルR。最上階の広い個室を貸し切りで。
光希がようやく情報を掴んできたのはその日の十日ほど前だった。スケジュール調整に手間取ったようで、二転三転してやっと決定したらしい。
再び集まった那緒宅で、友春がすぐにホテルRを検索した。
エントランスが一ヶ所しかなく、駐車場なども直結していないため、建物内に入るには必ずそこを徒歩で通ることになるのを確かめた上で、手筈を練る。
「俺とナオはエントランス前で待ち伏せて、相手の男を直接とっ捕まえる」
アイスココアのグラスを片手に友春が言った。
「親父と一緒に来るんだろうけど、俺が声かけて、どうにか一瞬でも一人にさせる。人目のないとこ誘き出すから、そこを逃さず狙って……」
「狙って?」
「ナオが後ろから羽交い締め」
途端、那緒は唇を噛んで小さく唸った。
「結構ガタイよかったよね」
「不意打ちならいけんだろ」
「正直あんま自信ねえ……」
とは言え、友春よりは那緒のほうが腕力があることは確かだし、光希は極力相手に顔を見せないという方向で話は進められていた。光希の面が割れると今後面倒が起こる可能性があるからだ。
「ま、押さえつけんのは無理でも、話ができりゃそれでいいんだ。写真と音声、最初に突きつけりゃ、無視して逃げるほどバカじゃない」
言いながら友春は、ICレコーダーと共に並べた写真をひらりと手に取る。奇跡の一枚と他数枚、コンビニでプリントアウトしてきたものだ。光希は嫌そうに目を眇め、あまりそれらを視界に入れないようにしていた。
「つーか、思ったんだけど。当日にぶっつけ本番じゃなくて、前日か前々日にでも本人に突撃したほうがよくない? 職場とかわかってんだから、調べて待ち伏せすれば」
那緒が言うと、友春が感心したように眉を少し上げた。
「お前にしちゃ的を射た意見だな。でもそれが難しいんだと」
「そうなの?」
「お盆明けから県外出張なんだって。帰ってくるのが金曜日。行動パターン読めないし、待ち伏せはちょっと難しそうだね」
光希が肩を竦める。日程がなかなか固まらなかったのもその影響ということだ。「俺も金曜の夜あいてないか連絡してみるつもりだけど、まあ期待できないな」と、友春も指先で膝を叩きながら言った。
「あんまり相手に考える時間やりたくないし。当日ぶっつけなのは確かに微妙だけど、相手もそれで焦ってくれりゃ、勝機あると思う」
「……うん。懸けるしかないね」
友春の言葉に那緒も頷く。腹を括ってやるしかない。複雑そうな表情ではあるが、光希も異論はなかった。
少しのあいだ無言の時間が流れる。各々が作戦を咀嚼し飲み込んで、ここにはいない人物に思いを馳せた。
沈黙を破ったのは那緒だ。
「宗ちゃん、どうしてる?」
床に座った光希に向けて尋ねる。水族館に行ったあの日以来、那緒は宗介と会っていなかった。気軽に外出へ誘うのも依然として躊躇われ、長い夏休みを宗介がどう過ごしているのか、那緒はずっと気になっていたのだ。
光希は眉を顰め、言いにくそうに口を開いた。
「……あんま外出すんなって父さんに言われててさ、家政夫さんが見張ってるんだよね。で、基本ずーっと自分の部屋に籠もってる。せっまい、なんにもない、檻みたいな部屋」
那緒も友春も、宗介の家に入ったことはないから想像しかできなかったが、見るからに強固なあのマンションの九階で一室に閉じこめられている宗介を思うと、どうしようもない遣る瀬なさが湧く。
「昨日ちらっと顔見たけど、少し痩せた……っていうか、やつれてた」
光希の言葉に、那緒は膝の上で拳を固くした。
「……早く出してあげなきゃ」
その檻から。
それが当然の使命だと思った。
宗介自身に頼まれてなど、いなくても。
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