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#18-3

九時五十分にタクシーを予約していた光希は、もう間もなく家を出ようと思っていたところで、違和感に気づいた。 リビングをちらりと覗くと、母も宗介もすっかり支度ができているように見える。それ自体は決しておかしなことではなかったが、何かが変だ。 二人に気取られないよう、こそこそと隠れたまま、違和感の正体を探す。 「宗介、お前、結局何も食ってねえのか?」 「食う気が起きねえんだよ。別に問題ねえだろ、食事しに行くんだから」 「そりゃそうだけど……外暑いし、貧血になんねえ? 具合悪くなったりしたらちゃんと言えよ?」 「なんねえって」 宗介は小さい頃から母似だが、このところさらに似てきたような気がする。こうして聞くと声もそっくりだ。いいなあ、俺もオッサンじゃなくて母さんに似たかった……、じゃなくて。 しかめ面で一人、首を横に振る。 制服を着込んでソファにだらりと座った宗介と、テーブルでバッグの中身を見直している、スーツもオールバックの髪型も完璧に整った状態の母。 二人の様子はなんだか、今にも出発する間際のようではないか? そう思った直後、母の声が耳に飛び込んでくる。 「よし、じゃ、そろそろ行くか」 光希は焦った。もう出発? 想定していたよりもあまりに早すぎる。 ドアから離れ、一番手近な隠れ場所であるトイレに駆け込んだ。 すぐに母が廊下へ出てくる足音がした。続いて宗介。奥の部屋からぱたぱたと駆けてくるスリッパの足音は、家政夫の葉山(はやま)だろう。お気をつけて、と明朗な声がする。 ――ホテルRで十一時から、だよね? こんなに早く出てどうすんの? 慌てながらもひとまずスマートフォンを取り出し、友春へメッセージを送る。タクシーの予約時間を過ぎてしまっているのに気づいたが、そんなことよりも、嫌な予感がした。 ホテルRへ直行するのではなく、ほかのところへ寄る用事があるのかもしれない。たとえば手土産の菓子でも買うとか。それならば計画には何も影響はない。 約束の時間が早まったのだとしても、大きな問題はないだろう。那緒と友春はすでにホテルRの前にいる。しかし、食事会の名目で集まるのに、十一時でも少し早いくらいだ。それより前倒しになるということがあるだろうか。 光希の胸で心臓が大きく跳ねる。 もし、場所が変更になったのだとしたら。 どこに変わったのか? それを知る術は、自分たちにはひとつもないのではないか? 玄関のドアが閉まる音に、光希はぐしゃぐしゃと頭を掻き乱した。 呼んであるタクシーに急いで乗って「あの車を追ってください!」とでも言えば、宗介たちの行き先を知ることはできるだろう。だが先回りするのは不可能だし、到着するまで場所が特定できない。つまり友春たちに知らせることができない。 どうしよう、どうしよう、と焦りばかりが走る。友春へのメッセージに既読の印はついたが、返信はまだない。優秀な頭を必死で回す。今自分にできること、最優先すべきことは何だ? 閉めたドアの前を、スリッパの足音が通過していく。それに光希ははっとした。 葉山。 彼なら知っているのではないか? 数秒ほど呼吸を忘れて思考した。宗介たちを追うのと、葉山を問いつめるのでは、どちらが得策か。 ごく、と乾いた喉を鳴らすと、光希はドアノブに手をかけた。玄関とは逆方向、家政夫のいるであろう部屋に向かう。

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