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#18-5
「ミハシ亭?」
友春の声を聞き、那緒がすぐさまネットで検索をかけた。
公式ホームページらしきものが真っ先に表示される。見るからに老舗の料亭だ。アクセス情報のページを開くとマップが載っていた。光希と電話を繋いだまま覗きこんだ友春が呻く。
「遠っ! 反対方向じゃねえかよ」
宗介たちの家を基点にして考えても、ホテルRよりずっと遠い。だからこんなに早く出発したのだろう。焦りをはっきりと顔に出した那緒が、友春に「どうしよう」と訴える。
「……とにかく向かおう。タクシー捕まえんぞ。あとは乗ってから考える」
立ち上がりながら言う友春に、那緒も急いで続いた。トレイを雑に片付け、店を飛び出す。ホテル前の大通りという立地のお陰か、幸いタクシーはすぐに捕まった。
「このお店に向かってくださいっ」
那緒がタクシードライバーにマップを見せる。男子高校生の二人組と老舗料亭、しかもずいぶん距離がある、という取り合わせにドライバーは訝しむようなそぶりだったが、「急いでるんで!」と那緒が語気を強めると、車を発進させた。
「何分くらいかかりますか」
「今の時間は道混んでるから、一時間くらいかかるかもねえ」
腕時計を見る。十一時からの食事会の前に待ち伏せをするという計画は絶望的だ。頭を抱えたくなった那緒に、横から友春が言う。
「光希も家からタクシーで向かってるって。もし間に合うようなら、あいつに決行させよう」
「写真は?」
「今送った。音声も」
あの写真を見るのも嫌がっていた光希だが、その繊細な心理を慮ってやれる余裕は那緒にはなかった。
焦燥が募り、タクシーが信号で停止するたび、前のシートを殴りつけたいような気持ちになる。そんな中で、どうにか次の手を見つけようと躍起になっていた。
「……光希に宗ちゃんたちを足止めしてもらう方法ないかな? そのあいだに俺たちが着ければ……」
「こっちのほうが倍くらい遠いんだぞ。無理だ」
那緒よりはずっと冷静だが、友春も口元に手を当て考え込んでいる。タクシーは順調に目的地への道を辿るものの、現状を巻き返す名案は、二人の頭に閃かないままだった。
「やっぱ終わって出てきたところ狙うしかないか」
「でもさ、きっと全員一緒に出てくるよね。あいつ一人にするの、難しいんじゃねえ?」
「そうだな。無理そうなら……諦めて出直す」
きっぱりとそう言い切った友春に、那緒は困惑して聞き返す。
「え、出直すって」
「今すぐ入籍、って話じゃねえんだ。日ィ改めるか、別な方法考える」
友春は苦い顔をしていた。「今日焦って下手打つよりマシだろ」と続いた言葉は、確かに正しいような気がしたが、しかし。那緒は納得できない。
「だって……これ以上、話が進んじゃったら、止めるの難しくなるだろ」
「じゃ、ほかに方法考えつくか? 宗介の親にバレたら台無しだぞ」
那緒は返す言葉に詰まった。友春の言う通りだ。一日でも早く宗介を解放してやりたいが、そのためには失敗は許されない。
唇を噛み、膝の上で握りしめた拳を見つめる。
「……落ち着こうぜ。大丈夫だ、まだやり方はある」
窓の外に視線を向けながら友春が言った。
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