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#19-6
どの口が言ってんだ、と喰ってかかりたくなるような台詞だが、那緒は即座に反論することができなかった。自分の愚鈍さがほとほと嫌になる。
言葉に詰まった代わりに、片手で急いでスマートフォンを操作して、友春と写った例の写真を表示した。
「あ……あんた、未成年にも手ぇ出してるだろ! 警察にこの写真、突き出されてもいいのかっ」
画面を向けると、秀二は目を眇めてそれを見たが、次に言葉を返してきたのは秀二ではなかった。
「いい加減にしなさい、君」
低くがさついた、秀二以上に倨傲な声があげられた。鍛治ヶ崎だ。息子の後ろからずかずかと数歩前へと踏み出してくるその姿は、見るからに横柄で居丈高で、場の空気を凍りつかせるものがあった。
「こんなところで大声で喚いて、みっともないと思わないのかね。これだから育ちの悪い子供は……」
不機嫌に言いながら、那緒をはっきりと侮蔑の目で見下ろす。
それには那緒は気圧されるというよりも反発を覚えて、表情を険しくして見返しながら、無意識のうちに宗介の手を強く握り引き寄せていた。
鍛治ヶ崎は振り返り、宗介の父にやはり権高な目を向けると、
「鬼塚社長、この子は宗介くんとずいぶん親しいようだが……こんな子と付き合わせるような教育方針だったとはね」
がっかりだよ、と大仰にかぶりを振る。
息子の交遊関係については、もとから把握していたためだろうが、完全に棚に上げて恥じる様子もなかった。その厚顔な態度に、那緒は沸々と嫌悪感を湧きあがらせる。
言葉を向けられた宗介の父、圭介のほうはといえば、表情の出にくい顔に、それでも薄っすらと戸惑いのようなものを浮かべていた。鍛治ヶ崎父子と那緒、そして宗介へと視点が定まらない様子だ。
そんな圭介を一瞥し、鍛治ヶ崎は再び那緒を見た。
歪められた太い眉には尊大さが張り付いている。
「こういうのは本人同士の問題だろう? 外野から、まして君みたいな子供が、面白半分で首突っ込んでいいことじゃないんだよ」
鼻の穴を膨らませて言い放つ。
その言葉に、那緒が得たものは、もちろん反省や自戒などではなく。
怒りだった。
十八年間生きてきて感じたことがないほどの、目の前が真っ赤に染まるような、焼けつく純粋な怒りだった。
これ以上事を荒立てないほうがいい、と言っていた自制の心が、切れる。
「う」
獣の唸るような声が、喉からまず漏れた。拳がわなわなと震えだす。汗でぺったりと寝た髪の毛まで逆立つ気配。
腹の底から湧き上がるままに振り絞る。
傲慢な言葉、不遜な目つき、年齢のぶんだけ重ねたような頬の肉に透けて見える利欲、そのどれもこれもが、
「うる……ッせええ!!」
那緒の咆哮に、握られた宗介の手がびくっと反応した。
響き渡るほどの大声を出したのは、恐らく物心ついてから初めてだった。その場の全員の目が見開かれて那緒に向く。
迸る激情を抑えられずに、那緒は身を震わせて怒鳴り続けた。
「何がっ……、何が本人同士の問題だ! 宗ちゃんがいつこんなの望んだんだよ! 偉そうな顔して、でけえブーメラン投げやがって、バッカじゃねえのっ」
鍛治ヶ崎は額に青筋を立てて何事か言い返そうとするが、那緒の剣幕がそれを許さない。噴火した若い激昂は止まらない。
「それにっ、俺が子供だって言うなら、宗ちゃんだって子供だ、大人のクソみたいな事情に子供巻き込むなよ!」
鍛治ヶ崎と秀二に吐き捨ててから、那緒は睨みつける対象を宗介の両親へと変えた。二人とも呆気にとられて棒立ちになっている。
「宗ちゃんの人生、決めるのは宗ちゃんだ! 親だろうが何だろうが、誰も勝手に決めたりできない、俺がさせないっ」
言いながら、那緒の脳裏には唐突に、円佳の顔が浮かんだ。
宗介が守ろうとしている大切なもの。
言葉が勝手に溢れる。
「宗ちゃんだけじゃない。円佳も光希もみんなだ、みんな丸ごと、俺が人生かけて守ってやる。今決めたからな!」
そう啖呵を切って那緒は、勢いよく振り返った。
宗介をそのままさらって逃げてしまおうと思った。
その顔を見た瞬間、我に返る。
宗介は目をまるくして那緒を見つめていた。
怒っているのと、混乱と、泣きそうなのが、ぐしゃぐしゃに混ざった顔だった。
なに言ってんだ、意味わかんねえよ、と今にも言われそうだった。
無敵のような気がしていた、やたら大きくなっていた那緒の気持ちが、それを見て一気に萎んでいく。
怒られるのは構わないが。
泣かせるのは嫌だ。
力なくされるがままになっている手を、握り直す。
「……ぜんぶ守るよ」
今度は大きな声を出す必要はなかった。宗介だけに届けばいいから。
宗介の瞳が小さく揺れる。
「宗ちゃん、……それならいいだろ?」
助けたいはずなのに、縋るみたいに言いながら、那緒も少し、泣きそうになった。
ゆっくり手を離す。繋がっていたところが途切れて、隙間を風が吹き抜ける。
那緒はぎゅっと目を瞑ると、宗介から顔を背けて俯いた。
震えそうになる手を持ち上げ、宗介の肩口をそっと突き飛ばす。
「宗ちゃんが選べよ」
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