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#21 十八歳

御神籤(おみくじ)は今年も末吉だった。 相も変わらずぱっとしない運勢だ。那緒は小さく溜め息をつく。たまには大吉を引いてみたい。 凶や大凶でなかっただけ、まあよかったと今年は思うべきだろうか。 折り畳んだ紙片を境内の木の枝に結びつける。結び目を引くと、びりっと嫌な音がしてしまった。そんなに力を入れたつもりもないのに。 「ヘタクソ」 斜め後ろから笑い混じりの声。振り向くより先に宗介が隣に立つ。筋ばった器用な指が、薄紙を細長く縦折りにしていく。 「宗ちゃん、せっかく大吉なのに持って帰らないの?」 「要らねえだろ別に。捨てるだけだ」 大事にお守りなんて持つ柄ではない幼馴染は、どうでもよさげに言いながら、自分の御神籤をあっという間に結んでしまった。結び目もよれていなくて綺麗だ。那緒の仕上がりとは雲泥の差。 「……なんだろう、なんかズルいよね……」 「あ? 何がだよ。欲しかったのか? 大吉の紙」 「や、そういうんじゃないけど」 どこかズレた言葉を返してくる宗介に、那緒は少し苦笑して肩を竦めた。 欲しいと言ったらくれたのだろうか。宗介の大吉。厄除けの効力はありそうだ。 「おーい。神社でイチャついてんなよ、お前ら」 背後から気怠げな声が飛んでくる。那緒より早く宗介が振り向いて「誰がだ、殺すぞ!」と目を吊り上げた。新年早々、フルスロットルで口が悪い。 偶然そばにいたカップルがぎょっと顔を固くしたが、言われた当人である友春は「いいから早く行こうぜ」と顎をしゃくっただけだった。 去年の正月は天気が良くて、ダウンジャケットでは汗ばんでしまうほどだった。 歩きながら那緒は思い出す。 大雪だった年もあったな、あれは何年前だっけ。なんとなく三人とも初詣を延期しようとは言わなくて、それぞれ傘をさしながら無言で参拝を済ませた。帰り道で盛大にずっこけてびしょびしょになった那緒だけ、しっかり風邪をひいた。 今日は晴天だ。 去年のように気温は高くなく、吐いた息が白くなる程度には寒いが、冬晴れというにふさわしい澄み切った青天井。そこに定規で一本線を引いたように、飛行機雲がひとすじ伸びていた。 「明日は雨かな」飛行機雲を見た友春が呟く。 「雪になるんじゃねえの、寒ぃし」釣られて空を見上げながら宗介が答える。 「今年まだほとんど降ってないもんね。このまま受験まで降らないでほしいんだけどなあ」 上を見ながら歩くとつまずきがちな那緒は、足元注意を優先しつつ、飛行機雲の行く先に思いを馳せた。 いずれは目的地に到着するはずの飛行機も、こうして見上げていると、どこまでもどこまでも飛んでいくような気がした。 那緒と友春は受験生だ。 那緒は地元の私立大学、友春は隣県の国立大学を志望している。友春は余裕のA判定、那緒はC寄りのB判定という現状だ。 今日はこれから那緒宅にて、お汁粉を食べながら二人が那緒の勉強を見てくれる約束になっている。 宗介は春からの就職先がすでに内定している。 場所は地元だが、家を出ることは最初から決めていた。それをなんとか引き留めようと、円佳が最近、あの手この手で説得してくるらしい。 七才児が知恵を絞った結果の口説き文句を、宗介がいくつか話してくれた。それは那緒と友春を大いに笑わせるものだった。 「そういえば、円佳ちゃんたちは今日も行ってんの? 例のアレ」 「例のアレな。行ってる」 鬼塚家の盆と正月の恒例行事である親戚回りは、今年も変わらず開催されているらしい。 ひとつ変わったことがあるとすれば、今日は宗介だけでなく光希も不参加のはずだ。 理由はインフルエンザ。三日前から家で寝込んでいるようで、暇を持て余しているのだろう、五分おきにメッセージがくると友春が辟易していた。 宗介の結婚はまっさらな白紙になった。 この件について本人はろくに語らないため、友春が光希から聞き出したところによれば。 父は宗介の進路を強制することを諦めたそうだ。とはいえ口出しするのをやめたわけではないから、度々宗介と口論になっているものの、「前より人間っぽいこと言うようになった」とは光希の弁だ。 「前はね、ターミネーターみたいだったもん。表情なくてさ、反論なんか受け付けないって感じで。一方的に喋ってくるアンドロイドみたいだった」 それを聞いたとき那緒は、あの夏の日、あの料亭で、初めて見た宗介たちの父親の顔を思い出した。 いかにも頭が良さそうで、エリート然としていたが、その表情には戸惑いが色濃く浮かんでいた。だから那緒は彼に対して、宗介を束縛する憎い相手として認識していたものの、人間味がないという印象は抱かなかったのだ。 あの場での出来事や状況が、彼の表情を変えたのか。 それとも、ずっと抑圧されてきた光希や宗介の目には、父の本当の顔が見えていなかったのか。 どちらなのか那緒にはよくわからないが。 鍛治ヶ崎の会社との取引は、父が自ら打ち切ったという。

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