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第2話
研究室の中はいつも通り騒がしそうだったが俺がドアを開けた瞬間、シーンと静まりかえる。
まださっきの雰囲気を引きずっているのかとげんなりしながら自分の席についた。
柴本はというと元気に挨拶をして弁当を配り、人懐っこそうな笑顔を浮かべればすぐに溶け込んで質問攻めにあっている。
「柴本くんってハタチなんだー。大学生?」
「いえ、フリーターです」
それから柴本はいくつか質問に答えると俺の席までやってきた。
「まだ名前教えて貰ってません」
するとさっきまで柴本を囲っていた連中が来て、俺には近寄らない方がいいと教えてやっていた。
「井坂 くんには近寄らない方がいいよ。すぐ怒るから」
でも柴本は早々に話を切り上げるとまた俺の所にやって来る。
「井坂さんって言うんですね。さっき教えて貰いました」
「名前だけでなく他にも聞いただろ? 怒られたくなかったらさっさと帰れよ」
でも、柴本はにこにこ笑ったまま俺のそばから離れようとしない。
「俺も飯にするから帰れって」
それでも帰ろうとしないので、うんざりしながら引き出しを漁りポテトチップスの袋を取り出すと柴本は目を丸くした。
「昼ご飯ってそれですか!?」
無視してポテトチップスを皿にあけ、大量のタバスコをかけていると今度は悲鳴をあげる。
「何かけてるんですか!」
「タバスコ」
「かけ過ぎでしょ!」
いい加減にしろと顔をしかめると、見かねた隣の席の真壁が柴本に話しかけた。
「井坂くんはポテトチップスが主食みたいなものだから仕方ないよ。放っておいてあげて」
「仕方なくないです。栄養が偏ります」
「それだけじゃないよ。ミントのタブレットもよく噛んでる。すごく辛いやつ。主にイライラした時に。ほぼ一日中だけど……」
そう言ってこちらを見るのでついでに睨み返せば、そそくさと離れていった。
でも柴本は哀れんだ目で俺の事を見ている。
「ご飯は食べないんですか? 頭使うのに糖分とか必要でしょう?」
「芋だって消化されたら糖になるんだ。食にさほど関心がないし、食べなくても構わない」
「そんなのいつか倒れてしまいますよ」
「人間には飢餓状態になると糖質以外から糖を作り出す回路がある。だからそんな簡単に倒れたりしない」
「それは井坂さんがたまたま倒れなかったってだけでしょう?」
「なんでさっきから俺に構うんだよ!」
すると柴本はまた泣きそうな顔をして、俺の髪の毛を軽く掴んだ。
「だって毛並みが」
「はぁ? 毛並みだと?」
すると柴本は俺が嫌がるのも気にしないで俺の頭をぐりぐりと撫でる。
「やっぱりそうです。ごわついている。ちゃんと手入れしたら凄く綺麗になると思うのに」
「触るな! 離せ!」
柴本の手を振り払い睨みつけるも、悲しそうな顔をしたまま引き下がろうとしない。
その目は捨てられた子犬のようで、そんな柴本の顔を見た研究室の女子達はまた騒めき、あたかも俺が悪者の様な視線を向けてきた。
その場の空気にうんざりしていると柴本は大きく深呼吸して俺の肩を掴む。
「俺、決めました! 明日から井坂さんの毛並みを整えます」
「さっきから毛並みって言ってるけど、髪の毛だからな」
「初めて見た時から思ってたんですけど、井坂さんのそのふわっとした黒髪……似てるんです」
「似てる? 何にだよ」
すると柴本は少し頬を赤らめながら、恥ずかしそうに答えた。
「実家で飼ってた犬に。艶のあるふわふわの黒い毛がすごく気持ちよかったんですよ」
犬……だと? つか、お前それ笑顔で言ってるけど。
「それって、さっき死んだって言ってた犬だろー!」
死んだ犬に似てるとか言われて誰が喜ぶか!
俺の怒声は隣の研究室まで響き渡ったのだった。
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