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第7話

* 柴本が姿を消して二週間が経っていた。 アパートにも行ってみたがずっと留守で、弁当屋は辞めたという。探そうにも連絡先を知らなかったし、製薬会社に送るデータの整理にも追われ心身共に疲れ切っていた。 最近はやけに空腹が辛い。 柴本のマフラーが視界に入る度に鳩尾辺りがじくじくと痛む。 「井坂くん髪も肌もボロボロ」 「最近、また偏食ばっかりしてるよね」 噂話を掻き消すようにミントタブレットを噛み砕いていると、浮かない表情の教授がやってきた。 「井坂くん、ちょっと」 教授の部屋に行くとスーツを着た男達が座っていた。製薬会社の関係者らしい。 送ったデータに不備でもあったのかと思っていると、その中の一人に何故か既視感を覚えた。 そしてその男は俺を見るなりにやりと笑う。 「単刀直入に言いましょう。井坂さんにはチームから外れて頂きたい」 向こうの言い分ではデータに不備はないが俺の人間性に問題があるとかで外れるのが共同研究の条件だそうだ。 突然の事で驚いたが、人間性に問題があるなど今まで散々言われていたのでそれはどうでもよく、それよりも既視感がある目の前の男の方が気になり教授の前に置いてある名刺の名前を見てハッとした。 医師 柴本瑛太(しばもと えいた)──。 するとその男が俺の方を見た。 「井坂さん。外れてくれますね?」 その目は同じ形をしているのに、あいつと違って全く温かみがなかった。 「……俺はあんたの弟と連絡が取りたい」 「私の弟が何か?」 「いなくなった理由を知ってますか?」 場が幾ばくか騒ついたので柴本の兄は微笑むと外へ出るように促し、廊下に出た瞬間より冷たい視線を向けた。 「君ね、こんな場でする話だと思っているのか?」 「俺はあいつと話したいだけで」 すると呆れた様に溜息をつく。 「全く常識がない。弟が弟なら君もその程度の人間という事だろう」 「どういう意味だよ」 すると柴本の兄は不快感を露わにした。 「あいつが普通じゃないのは知っているのだろう? 一家の恥晒しなだけでなく疫病神だ」 「何したって言うんだ」 すると柴本の兄は見下した目をする。 「普通じゃない奴は扱いに困る。君に外れて貰うのも正解だな」 その瞬間、あいつはこんな言葉と視線をいつも受けていたのかと思った。 そして俺に好きだと言って謝った柴本を思い出して胸が破れそうに痛んだ。 (こんな気持ちだったのか) 同時に頭に血が上った俺は、強く睨みつけると大きな声を出す。 「普通じゃなくて結構だ!」 そしてその勢いのまま教授の部屋に戻った。 「教授!」 大きな声をだ出すと驚いた教授の背筋が伸びる。 「世間の物差しで普通じゃない事をしたら、俺はこの研究室から追い出されますか?」 「な、なんだ? 犯罪でも犯すのか?」 「好きな奴に好きって言ってきます」 「それのどこが普通じゃないんだ?」 「世間では男が男を好きになるのは普通じゃないらしい。でも俺からすれば人間が人間を好きって言うのに違いがあるとは思わない。あと、共同研究の件はお任せします!」 突然の事に教授や製薬会社の面々も面食らった顔をしていが、教授は腹を抱えて笑い出すと、行ってこいとだけ言った。 「ウィルスにしか興味がなかった奴が、人間にそんな感情を持てたのか」 遠くで聞こえる笑い声を背に、俺はよれよれの白衣のまま大学を飛び出していた。

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