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第28話

学校生活は、男との生活に比べると本当に平和そのものでつつがなく日々が流れていく。 これを退屈だという同級生達を俺は何処か遠くの存在に感じている。 男に支配される生活を引き取られてからずっと送ってきているのだから、当然かもしれない。 「己咲は進路どうするんだ?」 「どうって…」 「進学とか、就職とかさぁ」 「ほとんど就職なんていないだろうけど、でもこれからだったらまず理系か文系がじゃね?」 それはクラスメイトとのほんの些細なやり取りだった。 この学校は2年の進級時に文系か理系かのコースを選択しなければならない。 それによって多少だが授業内容が変わってくるのだ。 しかし、そんな事より俺はクラスメイトの“進路”という言葉に思考を奪われていた。 俺達の手には進路調査の紙が握られていて、コース分けもさることながら希望大学の調査も同時に行われる。 教師の説明では授業内容の参考にするためだと言っていたので、進路については適当で良いらしい。 一応県内でも有名な進学校に在籍はしているが、俺には“将来の展望”なんてそんな輝かしい物など描けている筈がなかった。 「お前物理苦手だから文系だろ?」 「はぁ?お前だって古典苦手じゃん」 クラスメイトのやり取りをぼんやり眺めながら、色々な事が頭を駆け巡る。 男の事や、男の母親の事、それに自分の身体の事。 人間とは順応性が高い生き物で、俺も嫌々している男との行為に身体の方が先に陥落している。 引き取られてから今まで受けた調教の数々を身体はきちんと快楽として受け止め、蓄積していて俺の意思とは関係なく快楽を求めてしまう時があった。 男は多淫を俺で発散させているので、ほぼ2日と開かない程に行為を強要してくる。 だからあまり自分から男を求めるということはないが、お互い万能ではないので体調を崩す事もある為そんな時は必然的に間が開いてしまう。 一度、男の看病をした後でこっそりと自分を慰めた時は流石に自分に対する嫌悪感で泣いてしまった。 頭では嫌だ嫌だといくら拒否していようとも、自分のあさましさに思わず涙が出てしまったのだ。 こんな爆弾みたいな身体を抱えて、男から逃げようとはもう思っていないしまだ気持ちが悪いと思うことは多々あるが男に執着もしている。 だからと言って、大学に進学できるかは男の母親が何と言うのか分からないので悩むところだ。 「次、移動教室だ!」 「やばっ!」 「用意して行こうぜ。ほら己咲も」 「そうだな…」 クラスメイトが何気なく黒板の上の時計を見た事で、このあと移動教室だった事を思い出した。 俺は強制的に話が終わってどこかほっとしつつ机から教科書を取り出す。 教科書を持ったところで数人で連れ立って目的の教室まで急ぐ。 そんな些細な事が学校生活“らしく”て俺の頬が自然と緩んだ。 「旧校舎遠いよなぁ」 クラスメイトの一人がぼやく。 次の授業は旧校舎にある理科室での理科の授業だった。 クラスメイトの話では、他の学校だと座学しかしないのにうちの学校はきっちりと実験の授業なども執り行われているらしい。 俺達は、なんとかチャイムが鳴る前に理科室に到着することができ着席をする。 その後すぐにチャイムが鳴って教師が理科室に入ってくると授業が始まった。 「熱っ!」 俺は前の時間に配られた進路調査の事が頭から離れず、ぼぅっとしていたせいで熱していたビーカーに指先が触れて軽く火傷をしてしまった。 火傷した箇所はあまり大きな物では無かったが、授業が終わってから保健室に行く様に教師に言われる。 すぐに冷やしたが指先はジクジクと火傷の痛みを訴えかけていて、身体はその痛みすらも拾って快楽へと変換しようとしていた。 身体の異変に、流石にここではまずいと思ってもう一度流水で指先を冷やす。 「そのまま保健室寄っていくから、先に食べてて!」 「りょーかい!」 指にできた火傷のせいで後半の授業にまったく集中できなかった。 痛みは小さくても、俺の身体は直ぐにそれを快楽として変換しようとして下腹部が疼く様な感覚がある。 オナニーなんて男が体調不良の時の数回しかしたことがないし、そもそもオナニーでは道具を使わないと中々逝くことができずに辛い思いをした。 自分が体調不良の時は風邪ぐらいなら男が催せば求めてくるので本当に一人で処理するなんて片手で数える程だ。 なのでトイレで下腹部の疼きを処理しようかとも思ったが、今は道具など当然持って来てなどいない。 痛みに集中しない様に自分で作った弁当の事を考える様にして保健室に向かった。 「失礼しました」 俺が保健室まで来ると、保健室の中から人が出てきて室内に向かって礼をしているところだった。 俺が来た方とは逆に向かって行ったので、顔を見ることはなかったが、内履きの色を見ると俺と同じ学年だと分かる。 「しつれいしまーす」 遠ざかっていく同級生の背中を見送りながら、俺は声をかけて保健室に入った。 この学校の保険医は人員不足のせいなのか現在は近くにある中学校との兼任らしく週変わりで行き来しているらしい。 怪我人や体調不良者が出ると、連絡が入りすぐに学校に駆けつけるのだと入学時に説明を受けた。 今週はこちらの学校に居た様で、窓際の机に座っているのがみえる。 「はーい。どうしたー?」 「えっと…理科の授業中に火傷を…」 「ちょっとさっき居た子の記録書いてるから、そこの椅子に座って待っててもらえる?」 机の上にある紙に何かを書き込んでいるみたいで、目線が手元に落ちている。 俺の声と気配に返事をしつつ、こちらを見ずに症状を聞いてきた。 俺は先程授業中に火傷をした事を伝えると、相変わらずこちらを見ることなく丸椅子を指差す。 俺は言われた通りに椅子に座って待っていると、カリカリとペンが紙を滑っていく音が微かに聞こえてくる。 「おわった!ゴメンね。なんだっ…」 先生が顔をあげると、俺の顔をまじまじと見てくる。 この学校に入学してから保健室を利用した事が無かったので、入学式に出席していなかった先生の顔は今日初めて間近でみた。 整った顔立ちをしているので女子達が喜んで騒ぎそうな気がする。 「君何処かで会ったことあったかな?」 「え…いえ?」 先生に問いかけられるが、俺には全く記憶が無いので小さく首を横に振った。 先生は不思議そうに首を捻りつつ、席から立って近づいてくる。 俺の近くにあった救急箱から薬のチューブを取り出すと、それを手に俺を見下ろしてきた。 「あぁ。これだったか…」 「こ…れって?」 先生が何か納得したように頷いて、目の前の椅子に座った。 何に納得されたのか全く分からず俺の頭には疑問符が浮かぶ。 先生はにっこりと笑いながら自分の首元を指差す。 それでも何を意味しているのか分からない俺は、遂に首を捻る。 「君はいつから飼われてるの?」 「ひゅっ!」 先生が放った一言に、一気に頭から冷水を浴びせられた様に全身が冷たくなる。 突然の問いかけに息が詰まった。 そんな俺の事なんて気にしていないのか、火傷している俺の手を掬い上げる様に取られたので俺は反射的に手を引っ込めた。 「あ…」 驚いた顔をした先生と目が合って、俺は一瞬冷静さを取り戻した。 しかし、俺は椅子から立ち上がってここから離れようと踵を返し急いで扉まで向かう。 「これなーんだ?」 ドアノブに手をかけた所で後ろから楽しげな声が聞こえてくる。 俺が振り返ると先生の手にはスマホが握られており、俺が振り返ったのを見届けると画面を操作して俺の方へ向けた。 先生からは距離を取っているので、何が映し出されているかまでは分からなかったが動画が再生される。 『いやっ…やめ…ひぅ!』 「これって君だよね?」 スマホから聞こえてきた声に、俺は死刑宣告を受けた気分になっていた。 スマホからは少し苦しそうな喘ぎ声が聞こえてきて、一緒に聞き慣れた水音が聞こえていている。 例え俺じゃなかったとしても、俺には見に覚えがありすぎた。 動きが止まった俺へ近付いてくる先生へ恐怖を感じて、俺は小さく身体を丸めるようにしゃがみこむ。 「これから君と少しお話がしたいな?いいよね?」 しゃがみこんだ俺の顔を中腰で覗きこむ先生に俺は頷くしかなかった。 声をかけられた時は遠かったから見えなかったが、先生の手にあるスマホからは未だに喘ぎ声が聞こえてきておりチラリと見える画面に映し出されているのは確かに以前の俺に間違いない。 状況証拠を突きつけられれば、俺に抗う術はなかった。 「でも…授ぎょ…」 「じゃあ、先生へはこちらから言っておくから安心してね!」 「はい…」 「じゃあ、椅子に戻っててね」 早くここから逃げる為に授業を盾にしてみたが、それも不発で終わる。 先生が先程俺が座っていた椅子を指差したので俺はゆっくり立ち上がり椅子へ向かう。 その椅子までの道のりが、保健室に来たときより遠く感じると同時に断頭台へ向かう囚人はこんなに恐怖だったのだろうかと思った。 俺が立ち上がったのを横目に、先生は扉の内側にかかっていたプレートを扉の外に出してから鍵をかける。 鍵をかける瞬間のガチャンという音が妙に大きく聞こえた。 「ちょっと職員室に内線するから、もうちょっと待って」 俺が椅子に座ったのを見届けたのか、先生は机の方へ足早に近付いて立ったままで受話器を持ち上げる。 ボタンを何個か押すと、黙っている俺の方を向いて人差し指で唇を押さえて静かにしている様に指示を出す。 つくづく女子が好みそうな仕草だなと持ったら、危機感が少し薄れた。 「お疲れ様です。保険医の吉高(よしたか)ですが。生徒が1人相談がある様でして、昼休み明けの授業に出れないかと思いまして。君何組?」 「えっ。いちの…さんです」 「1年3組みたいです。名前は?」 「高橋です」 「高橋くんだそうです。はい。お願いします」 電話中に俺へ問いかけてくるので、思わず答えてしまった。 しかし、職員室への電話だったので仕方がないかもしれない。 これで俺は、完全に逃げるタイミングを逃してしまったのだった。

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