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第31話
涙を拭った俺に、吉高先生は何も言わなかった。
もしかしたら何かを察してくれたのかもしれない。
「チョコレートありがとうございます。美味しいです」
「どういたしまして」
吉高先生はビジネスバッグから缶コーヒー取り出してプルタブを開ける。
パキンという音が部屋に響く。
「それで?君はいつからペットなんてしてるの?その身体だと、親御さんにばれたりするでしょ」
「俺に親は居ません…孤児院で育ちましたから」
吉高先生から聞いてきた事なのに、俺の言葉に先生の眉間に皺がよった。
それを見てついつい笑ってしまった。
男の母親の話ぶりからすると、俺の両親は本当に俺が小さな頃に亡くなったのだろう。
そもそも両親についての記憶が全くと言っていい程無いのだ。
本来は俺を引き取るつもりなんて更々無かっただろうが、男の“イタズラ”を見かねた男の母親が俺の戸籍やらを操作して養子に迎え入れ男に宛がった。
ただそれだけの話だ。
「ふふふ。自分から聞いておいてそんな顔しないでくださいよ。先生って不良教師の癖に優しいですよね」
「失礼だなぁ。僕は元々生徒から優しい保険医って評判なんだよ?」
気まずかったのか、吉高先生は俺におどけてみせた。
なんやかんやと言っても吉高先生はいい人なんだろう。
少し変わった趣味と思考をしているだけで。
そう思ったらまた笑いが込み上げてきた。
「あははは。優しいなら、生徒に自分のなんてしゃぶらせないでしょ」
「それはさっきも言ったけど。人間、気持ちいい事には抗えないんだよ。それに、チャンスを物にできる時に逃さない様にするのって中々難しいんだよ?」
話の内容はさておき、施設に住んでいる時以来こんなに笑った気がする。
しかし、先生の話にも一理あるなとは思った。
この先生と話せたことは、俺にとってはチャンスなのではないだろうか。
そう思うと、一筋の光が差した様な気がした。
「高橋くん?」
「…ですね」
「え?」
俺は少し考え込んでいた様で、吉高先生から心配げな声がかかった。
声をかけられた事で思わず声が漏れたが、吉高先生は聞き取れなかった様だ。
俺は立ち上がって、ベルトに手をかける。
ベルトのバックルを外すカチャカチャという音が微かに部屋に響いた。
吉高先生は俺が何をしようとしているのかが分からないせいか、缶コーヒーを飲む手が止まっている。
「これ…見てください」
「わぁ。スゴく立派だね」
「“ご主人様”にやられました…」
「えー?動画では僕のお仲間かと思ったんだけど、途中で趣味でも変わっちゃったのかな?」
俺は制服のズボンを下着ごとずり下げる。
吉高先生は一瞬俺の行動に驚いた表情をしたが、すぐに缶コーヒーを机に置いて俺の性器をまじまじと観察しはじめた。
俺の性器は肥大化薬の度重なる投与のせいで通常時でもかなりの大きさがある。
元凶が男であることを伝えると、先生は不思議そうに首をかしげた。
確かに、男に飼われはじめた頃は今に比べると執拗に嬲られていた気がする。
「俺の身体はあの人にとって玩具なんでしょうね」
「へぇ。それで?下半身丸出しの高橋くんは、僕に何をして欲しいの?」
「ははは。別に何かをしてもらおうとは思ってませんよ。ちょっと相談に乗ってもらおうと思いまして…」
「最初から君の相談を受けるっていうのが口実だしそもそもそのつもりだったから、僕は君のぺニスを見せつけられた意味はあるかな?」
俺は今度こそきちんと服を整え、ソファに身体を預ける。
吉高先生は俺の行動に大きなため息をついた。
局部を見せた事について呆れているみたいだ。
「俺をこんな身体にした“ご主人様”を憎んでいます。でも、同時に愛してもいるんです」
「憎悪はしているけど、依存しているから愛してると勘違いしちゃったパターンかな?」
吉高先生の冷静な分析に、心のどこかでは肯定している俺が居たがすぐにその考えを封印する。
男の事を受け入れていなかったら、俺の心は今頃バラバラになってもっと早くに男に捨てられていただろう。
命があったかも怪しいところだ。
そんな俺の気持ちなど露知らず、吉高先生は心底どうでもいいといった顔で俺を見つめ返していた。
「なので、先生には薬を用意して頂きたくて…。特別なルートなんてありませんか?」
「んー。無くはないけど、何に使うの?」
「復讐ですかね?」
訝しげな吉高先生に、俺は自分でも分かるくらいニッコリと笑って返事をした。
そうなのだ。
これまで男にカロリーの高い食事を作ってきたのは、はじめは腹いせの気持ちが大きかったのだが現在は色々と思うところがある。
俺だって、ただ男に弄ばれているだけではない。
はじめはどうなる事かと思ったが、これは俺にとって間違いなく降ってわいたチャンスだ。
「復讐ねぇ」
「俺も、ただ飼われているだけでは癪なので」
「その薬はどんな物を用意すればいいの?少し体調不良にしたいのか、わからない様に殺したいのかとか色々あるでしょ?」
興味無さそうにしていた先生の顔が、少し笑みを浮かべはじめた。
俺の復讐に興味を持ってくれたらしい。
興味が引ければもうこっちの物だ。
「そうですねぇ。俺にしたみたいに、時間をかけてじわじわと苦しみを味わって貰いたいです」
「へぇ。君も見かけによらないんだね」
俺の言葉に、吉高先生の笑みが深くなった。
男に慈悲なんて要らない。
俺にした事以上にじわじわと真綿で首を絞める様に苦しめばいいとは思う。
「じゃあ、今日のところはこれをあげるから“ご主人様”に飲ませてあげればいいよ」
「これは?」
「普通の睡眠薬だよ。流石に劇薬なんて学校の保険医は所持してないし、必要もないからね。この睡眠薬は個人的に持っている物なんだ。睡眠薬でも、中々手に入れられないでしょ?」
「それはお菓子をあげる子に使うんですか?」
「ふふふ。そうだよ?」
これで俺達も共犯だ。
吉高先生もただのいい人ではない事が分かった。
俺も安心してこの人からの薬を受け取れる。
「それで、俺は先生に対価として何を支払えばいいですか?俺も飼われている身ですので大した事はできませんが…」
「そうだねぇ」
俺だってタダで何かを貰えるとは思っていない。
対価を聞いてみたところ、吉高先生は顎に手を持っていきうーんと声を出して考え始める。
俺はその間、手に持っていたチョコレートを口に含んで久々の味のする食べ物を堪能していた。
味の感じる物なんて本当にいつぶりだろうか。
ゆっくり口の中で溶けていくチョコレートの味で、施設に住んでいた頃に特別な日に食べたチョコレートの味を思い出す。
「じゃあ…」
吉高先生は、対価を思い付いたのか俺の事を真っ直ぐ見つめてきた。
その視線に自然と背筋が伸びる。
俺はソファーの上で居住まいを直して吉高先生からの言葉を待った。
「じゃあ、僕に権力と自由をくれない?」
「権力と…自由?」
「そんなに難しい事じゃないでしょ?君のご主人様の母親は昔からの大地主の娘で影響力があるんでしょ?」
「何でそれを…」
「言ったでしょ?僕はチャンスを逃さないんだって」
話してもいない男の母親の話が出てきて、俺は変に動揺してしまった。
いち保険医がそんなことまで知り得るはずがない。
ましてや、俺自身がそれを知ったのは本当に最近の事なのに何で吉高先生がそんなことを知っているのだろうか。
「ネタばらしをすると、自分で言うのも何だけど僕の家は両親とも医者のエリート一家なんだよね。だから、両親は僕を医者にしたかったみたいなんだけど僕は医学部を出た後に医者になるのが嫌で保険医になった。それを両親は未だに納得してないんだよねぇ」
「・・・」
「僕には弟が居るんだけど、弟が今医学生をしてるから暫くはそれで気が逸れてるからいいけど弟が学校を卒業して医者にでもなっちゃったら両親の関心はまた僕に来ちゃうでしょ?」
「まぁ…」
「だから、ある程度の権力さえあれば必然的に自由も手に入るって訳だよ」
吉高先生の満足げな顔に、俺はそれ以上言葉が出ない。
そもそも何を対価に求められるか検討もつかなかったが、まさか形の無いものを要求されるとは思ってもみなかった。
しかも、要求された物は立場の弱い俺にはすぐに用意できるものではない。
男の母親は俺の事を心底嫌っているので、俺が何を言ったところで聞き入れては貰えないだろう。
「そんなに難しく考えなくても、相手を紹介してくれるだけでいいんだよ?それすら難しいなら、良く行く場所や時間帯だけでも教えてくれれば自分で何とかするよ」
「それなら、俺にもできます」
「なら良かった」
「分かり次第連絡をすると言うことでいいですか?」
「すぐじゃなくて良いよ。こちらにも色々と準備がいるからね」
俺がどうしたものかと考えて居たのを察したのか、吉高先生からの要求が少し簡単な物へ変わる。
男の母親の行く場所など、男の外出先を聞き出せば簡単な事だ。
そう頭の中で結論付けた俺は、吉高先生に頷いてみせる。
俺の返答に、吉高先生は満足そうなので俺はふぅと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、高橋くん連絡先交換しようか」
「あ、はい!」
俺は制服のポケットを探すが、スマホは教室に置いてきた鞄の中だ。
中学の頃から、男がしたい時には学校があろうが無かろうが呼び出されて体を求められてきた。
その呼び出しの為に連絡の取れるものは常に持っていた筈だったが、こんな事になるとは思っておらず油断していた。
「もしかして携帯教室?」
「みたいですね」
「もう、授業するって気分でも無いでしょ。誰かに持ってきて貰うようにするから、君は少し仮眠を取った方がいいかもね。うっすらだけど、隈ができてるよ」
「あー。昨日は遅かったので…」
「君のご主人様はお盛んなんだね」
「動画を見たのならご存知でしょ?」
「確かにね」
俺は吉高先生に軽口をたたいたが、指摘された通り疲れがたまっているのも事実だ。
先程のパーティションで区切られたスペースに移動して俺は1人、ベットに横たわった。
自分では気が付かなかったが、安心した事で俺の瞼はどんどん重くなり次第に意識も遠退いていく。
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