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第36話

ふらつく足でキッチンへ戻ると、男は俺の作った朝食を食べていた。 くちゃくちゃという汚ない咀嚼音がキッチンに響いている。 「案外早かったね?」 俺の姿を見て、男はニヤニヤと笑った。 当の俺の足は先程の余韻で震えているし、腹の違和感はあるしで最悪だ。 しかし、そんな事はおくびにも出さずに俺は男に微笑む。 ここ最近は男の膝に座らなくても良くなったのは、きっと成長と共に身体が重くて大きくなったからだろうと推測している。 気分という可能性も十分ありえるのが問題ではあるが。 俺は男の横にある椅子に座ると、男はスウェットを着ているのに自分は裸に首輪だけという格好で実に滑稽だなと毎朝思う。 「己咲にもご飯食べさせてあげるね?」 男は俺の方を見ながらウインナーを口に運ぶと、わざとくちゃくちゃという音を立てながら咀嚼する。 男の方へ身体を向けて体を乗り出し、男が噛み砕いた物を見せ付ける様に口を開いた。 口を開いた事を確認して男の口を塞ぐようにキスをすると男の口の中の食べ物が俺の咥内へ流れ込んでくる。 それを飲み込んでからおかわりをおねだりするように舌を絡めた。 「己咲は本当に甘えん坊だなぉ。いつまでも口移しじゃないとご飯も食べないし…」 「んっ!」 そもそもこんな悪趣味な食事方法にしたのは、元はと言えば男なのに俺に非がある様な口ぶりをするのは俺を更に辱しめる為だ。 俺から口を離した男は、机に面していた右の乳首を机に押し付けた反動で立ち上がった。 ゴリっという音を立てて押し潰された乳首に痛みと共に快感を感じる。 「今日はおうちでも一人でご飯食べられる様におじさんが己咲の大好きなトッピングしてあげる!」 男が名案とばかりにスウェットを引き下げると、見慣れた男の汚ならしい下半身が露になる。 太股の前面にもヘソの辺りまでびっしりと毛に覆われていて、そこにグロテスクな色をしたペニスがいきり立っていた。 男が大きな手でペニスをゴシゴシとしごきはじめる。 「ほら己咲!おじさんのちんちん欲いからってボーっと見てないでトースト出して!」 「えっ!あ、はいっ!」 「よーし!ふんっ。ふんっ!!」 男のぺニスを食い入るように見ていたら、激が飛んだので俺は反射的に男に言われた通りに男の前に少し冷めたトーストを差し出す。 すぐにトーストをめがけて男が射精をしたので、トーストの上には粘度のある精液がぶちまけられる。 勢いよくトーストに当たった精液は持っていた俺の手にも飛んで先程まで食べ物だった物が、一瞬でゴミに変わった。 「おじさんの特製ミルクジャムたっぷりのトーストめしあがれ!」 「・・・・」 男はスウェットを引き上げる前に汚れた手を俺の顔で拭いて、ニヤニヤ笑いながら椅子に戻っていった。 俺は無言のままトーストを口に運ぶ。 口許に近付けただけで、独特の香りが鼻をつく。 吐き気をなんとか堪えてゴミになったパンを食べる。 バターやジャムなどの味付けをしていないので何とも表現しがたい味になっているが、これを食べないと昼まで何も食べられないので仕方がない。 「己咲おいしい?」 「ご主人様の精液おいしいです」 トーストがどんどん小さくなっていくのを見ていた男がニヤニヤしながら聞いてきたので、俺は心ない事を言う。 ゴミがおいしい筈がない事はわかりきっているのにわざわざ聞いてくるのは、ただの嫌がらせか俺を辱しめたいからだ。 そんな事は分かっているので、俺は男の質問に機械的に答えるしかない。 ごくんと最後の一口を飲み込んだのを見届けた男は口に水を含むといきなりキスをしてきた。 咥内に生ぬるい水が流れ込んで来たので、俺は喉を鳴らして水を飲む。 すぐに男の大きな舌が入り込んできて口の中を探り、俺の舌を捕らえる。 「んっ…」 「夜に大事な予定があるから、早くおうちに帰ってくるんだよ?」 「はっ…はいぃ」 「折角だから久しぶりにお迎えに行ってあげようかな。おめかししてお出掛けしようね?」 散々咥内を男の大きな舌で掻き回されながら、乳首に取り付けられているピアスをピンピン弾くので俺の体はぴくんぴくんと反応してしまっている。 何か予定があると言われたが、どうせろくな事ではないだろう。 男の命令に背く事ができない俺にとっては予定があろうが無かろうが関係ない。 むしろ学校にまで迎えに来て“おめかし”してから出掛けるというのだから、今日は寝られないだろう。 迎えに来ると言うことは、学校で腹の中を掃除しておかねばならないのかとぼんやりと考えながら男が朝食の残りを食べるのを見ていた。 「じゃあ、おじさんもう一眠りするから己咲はいい子で学校に行ってくるんだよ?」 散々食べ物を食い荒らした男は、のしのしと寝室に帰っていった。 時計を見ると学校には十分に間に合う時間だったので皿を洗ってから制服に着替える。 洗面台にある鏡で顔を見ると口許に縮れた毛がついており急いで顔を洗った。 男が手を俺の顔にねじつけた時に付いたのだろう。 タオルで顔を拭った時に涙が出そうになったが、タオルに顔をぐっと押し付ける事で何とか堪えた。 気持ちを切り替えて首輪を鏡を見ながら外し、鏡の前に置く。 「いってきます」 俺は玄関に置いてあったバッグに弁当を入れて、小さく家の中に声をかける。 当然寝てしまった男が返事することはない。 俺は扉の鍵を締めてから学校に向かう。 大通りに出ると、俺と同じ制服を身に纏った学生達がちらほらと歩いている。 俺は人の波に乗って足早に学校に向かった。 「うー」 「ねぇ?大丈夫?」 あっという間に授業が終わり、放課後になった。 “用事”とやらに駆り出されるので仕方なく腹の洗浄は学校で終わらせておく必要がある。 人があまり来ない旧校舎のトイレに来たのだが、処理が終わって個室から出てきたら入口付近で人がうずくまっていた。 県立の学校なので、旧校舎は何故か常に薄暗い。 そんな旧校舎の奥まったトイレに人が居るなんて思ってもみないし、場所が場所だけに一瞬見えてはいけない物かとも思ったが足もあるし丸めた背中も大きく上下していた。 そんな人の横を知らない顔をして通りすぎる訳にもいかず、声をかけてみる。 うずくまっていたのは男子生徒で、内ばきの色を見ると俺と同学年だということがわかる。 「だ、だい…うっ」 「吐くなら、我慢しないで吐いた方がいいよ」 口許を押さえていたので、声をかけて背中をさすってやろうと屈んで背中に手を置いたらビクリと相手が肩を震わせて壁に後ずさった。 驚いた相手とバチっと目が合う。 目にはうっすらと涙が浮かんでおり、顔面蒼白で具合が悪い事がすぐに分かる。 「あ…」 「急に触ってゴメンね。良かったらこれキレイなやつだから使って?」 相手が凄く申し訳なさそうな顔をしたのが分かったが、とりあえず通学用のバッグから部活に使う予定だったタオルを出した。 今日は部活を休むと部室に行った帰りにトイレに来たので、タオルなどはキレイなままだった。 差し出したタオルと、俺を交互に見ておそるおそるといった感じで手をのばしてくる。 俺は無理にタオルを押し付けない様に動かずにいた。 「君、昨日保健室から出てきてたよね?具合が悪いなら無理しない方がいいよ?」 「えっ…と」 「俺、6組の高橋己咲」 「高橋くん…ありがとう。ぼく、1組の佐藤美波です」 「具合悪いの?」 「ちょっと部室で気分が悪くなって、部室から出てきたらトイレの前で力が抜けちゃって」 どこかで見た顔だと思ったら、昨日保健室で俺と入れ替わりに出ていった奴だと気が付いて注意をしてやる。 俺も人の事を言える状況ではないが、俺より明らかに具合が悪そうだ。 俺が誰か分からないらしく、思案顔になったので一応クラスと名前を言うと相手も名乗ってくれた。 クラスが違う上に、離れているので見たことがない訳だ。 俺がそう思って様子をみていたら、佐藤の息がどんどん落ち着いてくる。 「一人で大丈夫か?」 「気分が悪いから帰るって言ってあるし大丈夫だよ」 「途中でまた気分が悪くなったら心配だし玄関まで一緒についていくよ」 「でも…。高橋くん部活とかいいの?」 「今日は用事があるからもう帰るところなんだ」 普段だったらこの後用事があるのに誰かと帰るという気分にもならないのに、何故か佐藤を一人にしておけないと思ってしまって玄関まで一緒に行くと提案してしまった。 当然部活などの心配をされたが、どうせ休むと言ってきたし腹の洗浄も終わっている。 それに、昨日ちらりと見ただけの相手なのにずっと前から知っている相手の様な気がした。 施設の時の友達の可能性もあるが、そもそも俺は男に引き取られた時に別の県に引っ越してきている。 男はわざわざ人を雇い、足がつかない様に俺を飼いはじめたのだから施設の知り合いが居る様な場所には寄り付かないだろう。 どこで見たのか記憶を辿ろうとしたが、佐藤がよろよろと壁伝いに立ち上がったのを見てすぐに思考を止めた。 手を貸そうと、腕を伸ばそうとしたが怯えられるかもしれないので見守るだけにする。 「タオルありがとう。洗って返すね」 「気にしなくていいよ」 ゆっくり玄関まできたところで別れたが、靴を履いて外に出るタイミングが重なって一緒に校門まで歩く。 二言三言言葉を交わし、手を降って別れた。 男が迎えに来たと連絡が入ったので、俺は男の車へ近付く。 校門が見える来客用の駐車場に男の車を見付け、足早に近付いた。 「己咲おかえり」 運転席の窓が下がり、男がにっこりと笑いかけてきた。 俺は目礼だけすると助手席に乗り込むために助手席側に回り込む 「さっきの子、己咲のお友達?」 「いえ。たまたま一緒になっただけです」 「ふーん」 助手席に座ると、男が佐藤の事を聞いてきたので咄嗟に嘘をついた。 知り合ったばかりだとしても、相手にどんな危害が及ぶか分からない。 俺の言葉を信じたのかは分からないが、男は佐藤が去っていった方向を見つつ考え事をはじめたのか暫く動かなくなった。 「まぁいっか!そろそろ行こっか」 男は考えるのを諦めたのか、車のエンジンをかけて車を発信させた。 これから俺は何処に連れていかれるのか不安でたまらなかった。

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