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 翌朝、常備薬が効いたのか剛は回復した。  弘人の顔からは絶望の色が消え、剛も自分を恥ずかしいと言わなくなった。  暗い通路をヘッドライトの明かりを頼りに、重いザックを背負ってひたすら歩く。  寒さで震える声で、外に出られたら何をするか語り合った。 「脱出したら何か甘い物が食べたいな、ケーキとか。タケさんはどうする?」 「んーそうだな。風呂に入ったり鍋を食べたり、とにかく温まりたい」 「いいねぇ。外の被害、大したこと無いと良いけど……」 「きっと大丈夫だよ。気圧も安定してるし、この数日で気温も多少上がってるから、今頃みんな雪かきに追われているんじゃない?」  気温が上がったと言っても−20度以下で、地下でこの気温なら地上は更に寒いはずだ。  駅での出来事もあり、地上が平穏無事であるはずはないと二人は予想していたが、その事には触れずに希望だけを持ち続けた。 「タケさん! ほら、梯子!」  二人は垂直に上へのびる梯子を見つけた。  剛が錆び付いたフタをピッケルのスピッツェでこじ開け這い上がると、どこかの駅の構内へと出た。 「ここは……新宿駅か?」  照明が消えて分かりづらいが、看板や構内の作りを見て剛が呟いた。  床には温度変化で割れた蛍光灯やガラス片が散らばり、沢山の凍死体が転がっている。  「ひ、人が……!」 「……ここにも、あの白い霧が来たんだな」  眠っているような死体を跨ぎながら改札口を抜けて、ようやく外へとたどり着いた。  数日ぶりに見上げた空は快晴で、えも言われぬ開放感だった。  しかし二人は歓喜の声を上げる事無く、絶望して立ちすくんでいた。  ビルは凍り付き、人の姿は無く、膝の高さ以上もある雪が地面を覆っている。  何の音もしない、静寂で孤独で真っ白な世界。  雪の上には、足跡が一つも無かった。   それは、自分達以外に生存者が居ない事を物語っていた。 「……ねえ……俺たちがたった二人で生き残ったのは、幸運だったのかな。それとも不運だったのかな」  呆然としていた弘人が、やっとの思いで言葉を紡ぐ。  この雪の下に、何千、何万もの死体があると思うとぞっとした。  助けが来るかも分からないこの状況で、皆と一緒に死んでいれば良かったとすら思う。 「分からない……でも、現在の自分を幸運か不運か決めるのは、未来の自分たちだよ」  剛は自分に言い聞かせるように答え、隣りの弘人の手を強く握りしめた。 「そうだね、そうだよね」  弘人も剛の手を握り返す。  最期の瞬間が訪れた時に、己の不運を呪って幕を閉じるのはごめんだ。  最期の最期まで、笑っていたい。  二人は同じ思いだった。 「タケさん、真っ白で綺麗だね!」  弘人は剛の顔を見て、『好きだ』と言ってもらえた笑顔を精一杯作った。 「……そうだな! 新雪に足跡つけちゃおうぜ!」  剛もそれに応えて必死に笑った。

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